■  母語を学ぶという国際的使命

社会問題でも「日本語の乱れ」が指摘されておりますが、独自の言語を護持するというのは国際的に課せられた使命でもあります。世界では6000の言語がありますが、その独自の言語を母語として話せるものが一人しかいない言語、つまりその方がお亡くなりになったときに絶滅してしまう言語が52あると言われ、少数の高齢者しか話していない言語、同じくその高齢者がお亡くなりになれば絶滅してしまう言語ですが426あると言われています。そして、21世紀中には6000の言語が半分になるという推移がだされています。

イヌイットでは、「雪」を表す言語が20以上あるそうです。「細雪」や「吹雪」だけではなく、「これは何時間後に大雪になる雪だ」「これは数日後、温度が上がれば雪崩を起こす雪だ」というように、彼らの厳しい生活環境が言語を作りました。そして、これはイヌイットだけではありません。言語というのは民族・国家が伝えるところの、最も基底文化が集約されたものなので、言語が絶滅するというのは、地球上から多様性が失われていくと問題視されております。

 

■  日本語を教える意義

言葉は、その民族の信仰や環境、文化の集約されたものであり、そのなかでも日本語の特徴というのは、一音一音が明瞭であること、母音がハッキリしていることなどが挙げられます。発音が明瞭であることは、俳句や短歌という文化を生みだしました。英語では5・7・5と発音を分けるのは不可能です。そして、母音がハッキリしているということについては、「たとえば」という発音は「たぁ」「とぉ」「え」「ばぁ」というように母音が残ります。一方で英語は「スッ」「クッ」「ツッ」と子音が残る音がたくさんあります。

これが何なのかというと、こういう特徴の言葉を話すということは、こういう特徴の言葉を話している民族の感性が養われるということになるという研究結果(『日本人の脳』角田忠信)がでています。左脳・右脳どちらの脳がどんな音を優位に処理しているかという研究結果では、西欧人と日本人では全く違う音の処理がされているという結果が出ています。(下図参照)

 

左脳

右脳

日本人

言語音

母音、子音

感情音(笑、泣、嘆、甘)

動物、虫、鳥

波、風、雨

邦楽器

西洋楽器

機械音

雑音

西欧人

言語音

子音

西洋楽器

機会音

雑音

母音

感情音(笑、泣、嘆、甘)

動物、虫、鳥

波、風、雨

邦楽器

この違いがどう感性に影響を与えているのかというと、江戸時代に子どもが虫かごに鈴虫を入れて音色を聞いていたら外国人は大変驚いて本国にその様子を書きおくったというエピソードがあるように虫の音などの自然の音の処理の仕方が違うので、西洋人は虫の音や雨の音をノイズとして処理をしてしまう傾向にあり、日本人は言語として処理するので、感性が違ってくるそうです。秋の虫の音、ししおどし、水琴窟などに感動する外国人もたくさんいるが、それは日本人の独特の感性が生みだした文化です。(日本人が感覚的で、西洋人が論理的だと言われる所以はそこにあるのかも知れませんね。)

実際に、日本で生まれ育ち日本語を話し続けた在日外国人は、日本人と同じよう言語処理をおこない、外国で生まれ育ち日本語を話し続けない日本人は、西洋人と同じような言語処理をおこなうという実証もされているそう。民族の存在証明は血統か出生地かで分かれるなか、中東では言語によって分かれている民族もあります。

日本語を話すということは日本人独特の感性を育み、ひいては日本文化の護持、発展において必要不可欠なものであるということです。

 

■  日本語とは?

日本語とは何なのか?ということですが、私がここで申し上げる日本語とは大和言葉といわれるものです。渡来人により漢字が伝来したのが弥生時代の中期以降と言われておりますが、大和言葉はそれ以前の縄文時代に使われていたと言われております。では、なにが大和言葉なのかと言いますと、それは漢字の訓読みにあたるものです。例えば天気の「天」という字。この文字の音読みは「テン」となり、訓読みが「あま」と読まれます。とするならば、「あま」が大和言葉というわけです。

そして、これには一音一音意味があります。

例えば、「あ」という音は、口から発音されるのに何の障害もないことから「開く、明るい、新た」という開放的で開き広がるという意味があります。そして、「ま」という音は、一度口を閉じないと発音できません。だから、少し奥にあるもの、真理とか的、誠という意味があります。この二つを組み合わせると、真理が開き広がっている「あま(=天)」すなわち宇宙という意味になります。ちなみに、先ほどの「なおる」は「なほる」といい、「な」には調和、「ほ」には稲穂の穂のように緩やかな出現という意味があります。

このように大和言葉にも漢字のように一音一音意味が与えられ、それによって私たちの使用している日本語を形成しております。これは、昔の日本人の生活環境、文化、信仰が作り上げてきた忘れてはならない縦糸であります。日本のような稲作に適した肥沃な土地、温和な農耕民族だからこそ形成された言葉、それが大和言葉であり、日本語であります。

 

このような背景と思いのうえで質問します。

1.学校教育において日本語を学ぶ意義というものをお聞かせいただきたい。

2.この大和言葉についてのご見解をお聞かせいただきたい。

 

【答弁】

ただいまの件につきましては、母国語である日本語、すなわち国語の教育は学校教育活動の根幹をなすものであり、各学校では国語科の授業を中心にいたしまして、全教育活動において児童・生徒の指導が重ねられております。御質問の日本語の習得は、個々人の一人一人の人間形成の中核をなすものであり、国語を学ぶことは、考えたり表現したりする知的活動の基盤、また感じる心や思いやる心などの感性、情緒の基盤、そして意思や感情を伝え合うコミュニケーション能力の基盤をつくり上げていくものであると考えております。また、国語を学ぶことは、先人が築き上げてきました詩や歌、また文学などの伝統的な文化を理解、継承し、新しい文化を創造、発展させるためにも欠かすことのできないものと認識しております。学校教育において、読むこと、書くこと、聞くこと、話すことの言葉の学習活動を重視するとともに、子供を本に親しませる子供読書のまちづくりに取り組んでいるところでございます。

議員ご提案の大和言葉に就きまして、私自身がとらえておりますのは、日本のよさ、芸術、文化のようないわゆる1,000年、2,000年続いているものをどのように子供たちに伝え、日本人の言葉を含めた「心」というものを伝えていかなければいけないということを感じました。大和言葉ということにつきましては、学習指導要領の中には大和言葉ということは触れられておりませんし、当然のことながら、教科書でも扱っておりません。ただ、今回の学習指導要領の中で、伝統文化の尊重ということが大きくクローズアップされました。例えば、小学校国語では、伝統的な言語文化に関する指導の重視です。具体的には、和歌や古文などの中で用いられる日本語の持つ響きの美しさや日本固有の言葉が脈々と受け継がれてきた歴史的な背景に触れ、児童に日本語の豊かさや温かさを感得できるような指導を行いましょうといったようなことが載っておりますし、このようなことを通しまして、日本の心、和の心を学校現場でお伝えできたらと思っておりますし、そのことが、畑中議員が御提案の大和言葉の世界にもある程度は一脈通ずるものというふうに思っております。

 

【要望】

学校のカリキュラムに無理やり入れろと申し上げているつもりはありませんので、誤解なきようお願いしますね。もちろん、教育は学習指導要領が基本であります。

ただ、ホームルームなどの時間を利用して、子どもたちの頭のクールダウンにこういった大和言葉のお話も取り入れていただきたいと思います。一音一音意味があるということは、子どもたち一人一人の氏名にも意味があり、それを基に占い遊びなどで「日本語の原点」を教えていただければと考えておりますので、宜しくお願い致します。

コメント & トラックバック

松藤司です。
現在、非常勤講師で小学校と大学に勤めております。
子どもに日本語の完成を持たせるには名文名詩の暗唱と百人一首をするのが一番効果があります。しかも、百人一首はゲームをしながら日本語のリズムが身につくすばらしい競技です。
3年生以上で百人一首をはじめ、俳句、和歌、短歌、古文が小学校の国語の教科書にたくさん入っています。これらをすべて暗唱させてほしいと思います。
1、2年でも大和言葉がたくさん教科書に載るようになりました。春の七草や十二支も2年生で学習します。
大変、よいことだと思います。
畑中議員のご意見に全面的に賛成です。

天のお話、興味を持って読みました。
中西進先生は著書の中で、天(あま)から雨(あめ)ができ、海(あま)ができたと書いておられます。最初の言葉は一音だったようです。「あ」は太陽があがって輝くのを見て、「あっ!」と叫んだのだろう。だから「あがる」ができた。
同じように「日(ひ)」も日のまぶしさひ「ひー!」と叫んだことから「日』ができ、地上の「火」にも同じ「ひ」という名前を付けた。
「光」も「ピカピカ」からできた。「東」は「ひむがし」で「日が昇る方角と風」からできた。
というお話を知りました.
子ども達に話すと感動して聞いてくれます。

もちろん諸説があるでしょうが、
このすばらしい大和言葉を早い時期に子ども達に教える必要があると思います。
小学生の頃に覚えた名文名詩は大人になっても忘れません。
そして、自分の子どもに語るようになります。
伝統はそのようにして続いて行くと思います。

日本人の左脳と右脳については角田氏の「日本人の脳」「左脳と右脳」の本に詳しく載っています。
120数音しかない日本語だからこそ、オノマトペがたくさん生まれたのだと思います。
虫の音もオノマトペで聞き分けられるなんて素晴らしいと思います。

拙著『先生も生徒も驚く日本の「伝統・文化」再発見』学芸みらい社
にも大和言葉に付いて論じています。
よろしければ読んで下さい。

松藤司さま
コメント有難うございます。
実を言うと、これからの展開に悩んでおりました。
そんな折に、大和言葉の普及啓発においてのアイデアを豊富にご提示いただき、とても参考になります。有難うございます。これからの政策提案につなげてまいります。
それぞれの日本語の成り立ちを子どもたちが感動して理解すると、「言葉」を無意識にでも大切に使うようになると思います。言葉を大切に使うと、無意識に他人への配慮、感謝の気持ち、共感性、互恵精神が醸成されると考えます。
言葉の乱れだけが社会荒廃の問題ではありませんが、言葉の乱れも社会荒廃の問題であると捉えております。
一事が万事。
御高著にもありますように「再発見」が不可欠です。
是非、拝読したく思います。
しかし、私は地方議員という立場。今後、高石でこの大和言葉が普及されたとしても、それはその街だけの浸透で終わってしまいます。
広めるには全国的な流れを作っていかなければなりません。
全国に拡がる仲間とともに大和言葉や親学を中心とした教育を啓発、実践してまいります。
宜しくお願い致します。

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