文部科学省は全国学力・学習状況調査の目的を以下の3点としています。

 

・  義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から、全国的な児童生徒の学力や学習状況を把握・分析し、教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る。

・  そのような取り組みを通じて、教育に関する継続的な検証改善サイクルを確立する。

・  学校における児童生徒への教育指導の充実や学習状況の改善等に役立てる。

 

これらを要約すると、全国学力・学習状況調査の結果からPDCAサイクルを確立し、どういったものが課題として挙げられ、その解決のためのアプローチを見出し、生徒の学力向上に資することを目的としております。

PDCAサイクルを確立するなかで最も肝要なのが、客観性です。自己分析・自己評価では、どれだけ自分たちを厳しく評価したとしても客観性が乏しいため、PDCAサイクルを確立するうえでは妥当とはいい難いもの。

しかし、一方では教育という分野においては、客観的数値が算出されにくい、また、「教育は国家百年の計にある」というように、なかなかすぐに成果が出にくいという性質があります。

 そのため客観的なデータを網羅するということが困難を要するのは致し方ないと思われます。

 

 だからこそ、客観性が確保される数値化できるデータはできるだけ緻密に採取し、正確な分析が求められます。

 

さて、そこで現在おこなわれている全国学力・学習状況調査の分析が果たして正確性を確保されているのかというところを問題提起させていただきます。

 

 文部科学省は全国学力・学習状況調査を「調査目的」と位置付けておりますが、その実施対象が小学校6年生・中学校3年生のみとなっております。

 

 全国というヨコ軸でみると悉皆性が確保されているのですが、学年というタテ軸でみると小学校6年生、中学校3年生ということで抽出的になっており、経年ごとの学力が捉えられないという課題があります。

 

 実施対象の小学校6年生から中学校3年生までに4年間という空白期間があることによって、どの様な環境の変化が生徒たちの学力や運動能力に影響を与えているのかということが、正確に把握されるものではないことが指摘されています。

 例えば、学力等の伸びや低下が、中1ギャップが影響を与えているのか、それとも担当教科の先生によるものなのか、中学校3年生を迎えて学習意識が高揚していることに端を発しているのか、など。

 また、小学生においては小学校6年生までに6年間もの期間において、どの学年で学習が躓いているのか、それはクラス替えによるものなのか、生活環境によるものなのか、など。

 もちろん、現場の先生方は、その原因を肌で感じておられることと思いますが、客観的なデータを示すことによって、生徒たちの躓きの新たな気付きなどの発見が可能となります。

 

 そこで思い切った提案をしました。

小学校1年生から中学校3年生まで毎年全学年で調査テストをおこない、その経年の比較をもって正確な分析をしていただきたいと考えます。つまり、全学年の学力・学習状況調査の実施を提案しました。

 

 このように定点観測することにより、1年ごとの生徒たちの伸び率が把握でき、経年ごとに生徒たちの成長の動向を分析することが可能となります。

 先進自治体から全学年で毎年行う費用が生徒一人当たり2000円と算出されており、高石市では市内小中学校の生徒が約5000人在籍していますので、年間約1000万円の新たな支出が必要になります。

 

 ですので、一朝一夕で取り組めるものではないと認識をしておりますが、子どもたちの学力のボトムアップを図るためには先述のような毎年度ごとの小学校1年生から中学校3年生までの全学年を対象とした調査が必要だと考えます。

 

 また、これは学力だけではなく数値化できる調査項目がある限り、その伸び率を正確に把握し、分析することが可能です。たとえば、運動能力、学習環境、不登校児、いじめ件数など、多方面において分析することも必要です。

 学校の先生にも得手不得手があります。学力を伸ばすことが得意な先生もいらっしゃれば、子どもたちの生活環境を改善させることが得意な先生もいらっしゃいます。

 「学力」という一元的な客観データで先生方を評価するのではなく、様々な分野での教員の評価というものも、これからは求められてくると考えます。

コメント & トラックバック

 はじめまして。北助松方面で学習塾を営んでいるものです。(自宅は千代田です。)
 チラシのポスティング、ご苦労様です。目は通させていただいています。
 今回の教育に関して、一言いいたく、投稿させていただきます。
 子どもの学力向上に理由は必要でしょうか?いつ才能が開花するかもしれないし、接した友人や先生、近所の大人、漫画やドラマなどのTV、原因はさまざまではないでしょうか?
 テストについても、小学校の最後、中学校の最後という意味でも、小6、中3だけでいいのではないのでしょうか?
 わたしは、学力の基本が日本語の漢字や文法にあることを忘れている大人が多すぎることに学力低下をみています。
 大阪人の学力低下に言葉遣いがあるはずです。通じているからといって、きっちりとした文法を使うことができていない大阪人は、国語力や語彙力が低下して当然です。熟語(二字・三字・四字)、慣用句、ことわざなど、使えない大人が多すぎます。また、マナーの悪さも学力低下に繋がっていると思います。
 ”とりあえずできてるからいいやん”という大阪人の考え方は思考力の低下を招いているはずです。実際に、先見をもてない小学生が多すぎます。
 学力が高いはずのSN学園の生徒たちは、車道を4列で歩き、自動車が近づいても退こうともしません。周辺住民の学園への苦情はそれなりのものです。学力の前に常識力をつけさせるべきでしょう。
 英語力より国語力!
 正しい敬語を使える伝統ある日本人の誇りを持て!
 学力の前に、大人の態度、意識を向上させるべきではないでしょうか。
 難しい政治の話は一般市民には分かりませんが、応援させていただきたいと思いますので、がんばってください。
 一言でなく長々とすみませんでした。

>M.YAMASHITA様
コメント有難うございます。
学力向上といっても、その定義は様々だと思います。
私は「いまのテストでいい点をとること」だけではなく、知識よりも智慧を重視した教育を目指すべきだと考えています。
おそらく、ご指摘の「言葉遣い」や「日本語教育」というものに相通じるところだと認識しております。
本田選手はミランの会見において「侍精神とは?」という質問に「精神力の強さと規範意識の高さ」と仰いましたが、子どもたちに真に教えるべきはまさしくそこであり、かつ、取り戻さねばならない事だと私は確信しています。
そのためには、仰るように大人である我々が大人然とした背中を見せないといけないのですが、「たばこのポイ捨て」や「平気で信号無視する」など、モラルの著しい低下により残念な背中しか見せれていません。
そのためには、親から変えねばならないということで、シンポジウムも開催した経緯もあります。(http://hatanakamasaaki.net/news/1312)
いずれも一朝一夕ではいきませんが、誰かがやらねば、という気持ちをもって、諸問題にあたらせていただいております。
ご意見有難うございました。

追記
申し忘れました。
私の提案した学力テストは、より精度の高い分析をすることが目的です。
いまの小6、中3では、その単年度の評価・分析はできても毎年度の成長率の分析は不可能です。
学力テストの実施目的が「調査・分析」となっていることから、いまのやり方では不十分でしょ?と指摘をさせていただきました。
また、学力やその他の「(いわゆる)生きる力」の低下は、仰るように古典を学ばないことに繋がります。
フランスでは論語がテキストとして使われているそうです。記紀を使用する北欧の国もあるそうです。
素晴らしい先人の教えがあるにもかかわらず、そこに蓋をし、他国の目新しいものに飛びつくのは、非常に勿体ない話です。
神話を知らない民族は滅びる、とトインビーは言いましたが、現在の日本を示唆する名言でもあると思います。
私は、そんな現状から大学生インターンを受け入れていますが、年々小粒化していっています。ご指摘の「先見性のなさ」も目を覆うばかりです。
でも、磨けば光ります。
自分に自信を持ち、背筋を伸ばし、視座が保たれ、社会に羽ばたいていった学生を見ていると、希望も与えてくれます。
いま私ができることは政治の分野で具体的提案をすることだけではなく、インターン制のように直接に私が教育することも求められています。
まだまだ未熟ですが、今後もご意見を伺いたいと思います。
乱文失礼いたしました。

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