「法律は両方の権利を守ろうとしていることが前提なんです」
民法を勉強しているときに、法律の先生から教えられた基本中の基本である事柄。
この点があるからこそ、急進的な制度設計ができなかったり、
また、そのおかげをもってしてその人の権利が守られているということが往々にしてあります。

例えば、
生活保護を適正受給させるために、受給者からプライバシーを保護する権利を奪い取って、
厳正な管理下に置くという制度を作ろうとしても、彼らを守ろうとする権利が存在するわけで。
同じく。
空き家が増えすぎて社会問題になっていたとしても、行政が簡単に代執行(解体等の)できるようになってしまうと
所有者側の財産を守る権利が発動されるわけです。


このように、「その時代だけの空気が創り出している正義の鉄槌」は、
簡単に振り下ろせない仕組みになっているのが法治国家である所以です。

ルールがある以上は、そのルールによって発動できるチカラを有する権利と、
それらから防御するチカラを有する権利が両者に与えられています。
一見すると「正義の鉄槌」に見えても、
それは鉄槌を受ける側からすれば「公益のため」と素直に受け入れることができるかどうか・・・。

法治国家はこのように両者の天秤に計られながら絶妙なバランスのうえに成り立っていて、
「最後のひと押し」をするのが時の為政者であったり、民意であったりします。

「政治」は煮え切らないと思われるかも知れませんが、逆に煮え切ってしまうと、
容赦なく無慈悲に自分にもその正義の鉄槌が振り落とされるかもしれないということを肝に銘じておくべきです。

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空き家の勉強会で、そんなことを考えていました。

 

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