14時46分、黙祷。

8年前のこの日は、長女が生後十日目のことでした。

テレビの向こうで流れる光景は、地震の恐ろしさを分かってたつもりの私に、それが分かってたつもりであったことを、痛々しく感じさせました。

「南海トラフだったら、どうしてたか」

産後間もない妻と、首の座ってない長女が過ごしていた家は、津波浸水区域内。
おまけに、私も外出中なので、彼女たちだけが浸水エリアにいるわけです。

津波到達まで時間は要するものの、鴨公園までの避難は不可能。

彼女たちが過ごす家までダッシュで帰って、渋滞覚悟で自動車で避難するのだろうか?

彼女らは自助努力で避難してもらって、市民の避難を促すのだろうか?

近隣住民と一緒に避難するのだろうか?

何度も、何度も、頭のなかで想定をしていても、臨場感がないので、答えは出ません。

というぐらいに市民も追い詰められている極限状態にあるんだと、自分の想定訓練から改めて身に染みて分かります。

忘れるわけがない。
いつかは来るんだから、出張中でも、仕事中でも、会食中でも、いつ来てもいいように想定訓練をしています。

多くの御霊に冥福をお祈り致します。

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