» 2014 » 2月

「こんな議員さんの報告会ってやってくれてるんやねぇ。知らなかったわ。」

報告会をするたびに、そう仰っていただく方がいらっしゃいます。

それを聞くたびに、

たとえお越し下さる方が一人でも、やり続ける価値がある。

と確信するのです。

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昨日から市内4か所での報告会が無事、終了しました。

こんかいは、高志会(松本善弘議員との若手会派)での合同開催。

きゅうに寒くなったので、お客さまはなかなかお越しいただけないかと不安に思ってましたが、

4会場とも多くの方々にお越しいただいて、議論も白熱し、

とても盛り上がりのある報告会でした。

 

「選挙のときだけ、いい顔をする」

そんなことを言われないように、思われないように、

議員への信頼を取り戻すために、

私たちはできうる限りのチカラを振り絞り、自分たちの活動報告をおこなっています。

 

1日20~30キロも歩きながら何日もポスティングし、休まずに4会場での報告会は、

とっても疲れましたが、さわやかな疲れです。

自分の信じた道を進めているからだと思います。

 

その道が険しくても、困難でも、これからも私たちは歩み続けます。

有難うございました。

ポスティング11日目。

「ポスティングやってるから手伝いたかったら、おいで」

9期目の議員インターン生にそう言いました。

会って間もない人間のチラシを一日中、黙々と配布するというツライ作業に、はたして自主的に来てくれるのか、ということを見させてもらいました。

テスト前にもかかわらず、3人ともちゃんと来てくれて、雪の舞うなか、早朝の駅立から夕刻まで、よく頑張ってくれました。

あとは、私の使命を果たすのみ。
やる気十分の彼らをしっかりと成長へ誘わなければなりません。

「未来の日本を支えるであろう人材を輩出する」

それも政治家に与えられた使命です。

学校ではやってくれないので、まずは私が始めます。

 
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「先人に感謝を忘れず・・・」

政治家がよく言うこの言葉を口先だけではなく、行動でしめしたい。

そんな思いで、沖縄にご遺骨の収集作業にいってきました。

 

大東亜戦争の激戦地となった沖縄県。

住民と日米両軍合わせて約20万人が犠牲となり、そのご遺骨はいまだに埋まったまま。

「オレの骨を拾ってくれ」と散っていった彼らの願いはかなえられず、道路や住宅の下敷きになっています。

そんな戦没者のご遺骨を60年以上収集されている国吉勇さんに、今回お世話になり、遺骨収集の指南をして下さいました。

また、国吉さんとともに活動され、遺留品の返還活動もされているベテランの浜田さん夫妻にもお世話になりながら、作業が始まりました。
(写真左から、行田市議:柿沼さん、国吉さん、私、浜田さん)

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遺骨を収集するといっても、掘ったら出てくるような場所が用意されているわけではありません。

防空壕跡には、よく不法投棄がされているようで、ゴミをかき分けながら発掘現場まで進みます。ホント罰当たりですね。

現場にたどり着いても、埋まってある土砂をかき分けて作業しやすいように整備しなければなりません。

 

今日は、明日以降の掘り起しのための作業路を確保すること。

なので、ご遺骨を収集できるフィールドを整えるのがわれわれの任務でした。

重機をもってこなければならないような大量の土砂をスコップ持ちながら数人でかき出します。

高温多湿のなか大量の汗とパラパラ降ってくる雨と闘いながら、この重労働を粛々とこなしていきます。

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さすが沖縄、土を掘るだけでも本州とは違います。

ニービと呼ばれる粘土鉱物(これが手ごわかった)、毒性のある根っこ(食べたら即死らしい)など。

 

何とか掘り進み、豪のなかの作業に移ってまもなくすると、

浜田さんが「畑中くん、ここに何かあるから掘ってみたら?」と言って下さったので、

手で土をかき出してみると、なんと当時の中身の入っている薬品の瓶がでてきました。

 

実は、中身の入っているような状態での薬品は約60年の収集人生でも初めてのようで、

チーム一同、大はしゃぎ!(^^)!

「畑中くん、すごいよ!」と手柄を譲って下さって、遺骨収集の遣り甲斐を教えてくださった浜田さんに心から感謝です。

けっきょく、遺骨はでてきませんでしたが、若手議員仲間が明日以降も続々と沖縄入りをします。

彼らにしっかりとバトンを渡せたと思います。

 

不謹慎かもしれませんが、政治の話から冗談話まで和気藹々と作業を進める事ができて、ほんとうに充実した沖縄滞在でした。

国吉さんや浜田さんと出会えたことも財産となり、また機会があれば再チャレンジし、今度こそ一柱でも多くのご遺骨をお迎えしたいと思います。

同時に、

国が赤紙一枚で「戦争に行って来い」と言われ、

青春も謳歌できずに散っていった彼らの遺骨にたいし、

不法投棄や道路の下敷きになったままで、

それに何ら対策も打てない国に激しい怒りも覚えました。

でも、議員だけが闘ってるわけではなくて、国吉さんや浜田さんのように、

人生をかけて闘っている仲間もいるということと、

そんな方々と出会えたことに素直に喜び、旅を締めくくりたいと思います。

 

 

いろんな街を歩き いろんな人と出会う

これからだってそれはそうなんだけど 

そして今想うことは たったひとつ想うことは

あぁ いつかまたこの街でうたいたい

あぁ きっとまたあの街でもうたいたい

あぁ そして君にこの歌をきかせたい

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