» 2014 » 6月

かねてよりの懸案事項であった議員定数削減問題が、1名減員というカタチで決定いたしました。

私たちが提案していた「2名減員」という提案は実を結びませんでしたが、定数削減という方向に一歩でも前進したことはポジティブにとらえております。

さて、なぜ「2名減→1名減」へと変更されたのかを説明しなければなりませんが、今までの経緯を整理しながら説明させていただきます。

 

1.平成25年09月議会・・・議員定数削減について議論する場を検討し始める
2.平成25年12月議会・・・「議論する場」が決まらず、次の議会で「2名減員の定数削減案を提出します」と宣言する。
3.平成26年03月議会・・・クリア高石さんから議員報酬削減の対案が提出される。
4.平成26年03月議会・・・定数も報酬も「議論不足」ということで継続審議に。
5.平成26年04月議運・・・定数、報酬の各会派の意見がブレストされる。
6.平成26年05月議運・・・定数、報酬について各会派の忌憚ない討議がなされる。
7.平成26年06月議会・・・定数も報酬もこのまま採決にいけば、どちらとも結実されない可能性が生じてきたので、議員全員の妥協点を以下のような結論として見出す。
※議運とは議会運営委員会のことです。

〇 定数削減、報酬削減はどちらとも一旦、撤回
〇 その後、報酬については特別職等報酬審議会に諮問するよう市長に要望
〇 定数については、1名の定数減を全会一致で可決させる

という結果に至りました。

私たちとしては、2名減員が果たせなかったこととして、悔しい気持ちと市民への申し訳ない気持ちが同時に押し寄せてきました。

個人的には悔しさを残す結末ではありますが、全体的にみれば議員全員が定数減に賛同をしたということにおいては有難い結末でもあると、相反する感情が私の心中を去来しているのも事実。

無理やりに採決に持ち込んで定数削減が結実されないよりも、これにより一歩進んだとポジティブに捉えております。

副産物としてですが、上記の経緯の「6.定数、報酬について各会派の忌憚ない討議がなされる。」の場面において、各会派の議員が本当の意味で忌憚のない討議がおこなわれました。
「定数・報酬のあり方」「市民から信頼される議会とは」「通年議会について」「削減効果額の使途について」など、ここでは書ききれないほどの議会改革についての意見が飛び交いました。
今までにも、やったことのないような議員同士の白熱した議論ができたことは、今後の高石市議会の成長の兆しを私は感じました。

いずれにせよ、市民から「議員の数なんて半分ぐらいでいいんじゃないの?」と言われているのが現状です。
そんなことをしてしまうと結局は市民にとって不利益を被る結果となるのですが、それを伝えきれていない私たち議員にも責任があります。

「市民から信頼される議会」
この目標をあらためて共有し、今後も高石市議会は目標達成にむけて歩みを進めていけると思います。

私は若手議員らしく、その先頭に立って旗を振っていきたいと考えています。

広域保育という波に負けないように市内の子ども達の保育を護るべきです。

 


 

■  広域保育とは

高石市で保育所を希望する子ども達は、市内の保育所でのみ預けることができていて、
市外の保育所に預けることは今まで不可能でした。

例えば、
高石市在住で堺市にお勤めのお母さんが、高石市で預けれる保育所は駅からも家からも遠い保育所にしか預けることができなくて、勤め先の堺市の保育所に預けたいという場合、
堺市には預けることができませんでした。
もちろん、堺市在住の高石市にお勤めの・・・場合も然り。

パッと見たところ、保護者の色んなニーズに対応していないように見えますが、そんな簡単な話ではありません。

これを改善しようとすれば、もちろん堺市さんの児童も高石市で受け入れなければなりません。
「そりゃあ、お互い様だから・・・」と思われるかも知れませんが、
ここで留意すべきは待機児童の発生具合です。

高石市は、ほとんど年度初めの待機児童を発生させていません。
これは児童の減少によるものだけではなく、素直に行政の努力によるところもあります。
一方で、高石市を取り巻く隣接自治体は待機児童を発生させ続けています(以下、参照)
この状態で市外の児童を受け入れると・・・
待機児童ゼロの高石市が、他市の待機児童(になるであろう)児童をお預かりし、
高石の児童が待機状態になってしまいます。
それではいけません。

その逆転現象を防ぐために、高石市は市内でのみ保育をおこなってきました。いわゆる鎖国状態です。

しかし、来年から大阪府より開国を迫られ、高石市も広域で保育を考えなければならなくなりました。

これが、広域保育に踏み切らざるを得なくなった背景です。

 

※参考・・・平成25年4月時点の待機児童(隣接市)

和泉市:48名 泉大津市:38名 堺市:62名 高石市:0名


 

■  私立幼稚園の認定こども園化で供給過剰に

認定こども園とは、幼稚園と保育所のドッキングした施設です。
高石では取石認定こども園が開園しており、来年度から浜寺幼稚園が認定こども園への移行が予定されています。
さらに今回の6月議会で清高幼稚園が認定こども園へ移行するための議案が審議されています。

私立幼稚園が認定こども園になると、以下のおもな保育所機能が加えられます。

1.0歳児~2歳児の保育
2.長時間保育

とすると、市内の保育所を希望する需要が一定満たされますので、供給が過剰になります。

供給が増えるので広域保育をしたからといって、殊更に待機児童が発生するという事はありませんが、それもどんな広域保育をするのかという役所の方針次第。

そこで、堅持してほしい私なりの方針を提案したのが、今回の6月議会です。

 


 

■  認定こども園と広域保育を活用して旧定義の待機児童解消へ

理解するのに、まずは待機児童の「新定義」という用語をご理解ください。

「新定義」とは、
①ほかに入所可能な保育所があるにもかかわらず、特定の保育所を希望して待機している場合、
②認可保育所へ入所希望していても、自治体の単独施策(認可外保育施設や保育ママ等)によって対応している場合―これらを待機児童数から除くとしているもの、
をいいます。

つまり、今の待機児童の定義には、
「入りたい保育所に入れず、やむを得ず遠くの保育所や認可外保育所にかよっている」とか
「満員のため兄弟が別々の保育所にかよっている」とかの場合は含まれていないのです。

私は、新定義ではない待機児童、つまり旧定義の待機児童の解消が保護者のニーズに一定お答えするものであると考えています。

ケーススタディしてみます。

あなたの娘は3歳で保育所にかよっています。
入所希望を出したのは、第1希望が家に近い羽衣保育所、第2希望が家から遠い南海愛児園でした。
残念ながら、第1希望の羽衣保育所がはずれ、現在、第2希望の南海愛児園にお世話になっています。
そこで、来年から浜寺幼稚園が認定こども園になるので、希望を変えて提出したとします。
第1希望が羽衣、第2希望が浜寺、第3希望が愛児園といった具合に。
しかし、またもや、残念ながら、第3希望の愛児園にしか入所が決まりませんでした。
さて、数か月が経過して、保育所の定員が増えます。
(※年度当初から較べて児童の状態を見ながら定員を増やしていくケースが多々あります)

そこで、問題になるのが広域保育です。
第1希望と第2希望に外れているのに、隣の市の子どもが高石市民であるあなたの希望する保育所に(増えた分の定員枠に)先に入られたらどうでしょうか?
これでは不公平です。
しかも、保育所はその大部分が高石市民の税金により運営されているものです。

これを防ぎ、かつ、増加した保育の供給部分において、「まずは、第1希望の施設に通えていない市内の児童を優先的に通わせてほしい」と提案しました。
そのうえで、市外枠があれば、他市の児童も通っていただくことで公平性は担保されます。

どころか、認定こども園が増えたことにより、保護者のニーズも充足させることに繋がります。

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広域保育を開国に例えましたが、待機児童ゼロの高石にとっては不利な条件がやはり目立ちます。

しかし、市同士でもっと連携して大所高所にたって待機児童ゼロを果たしていくことも一方で大切な社会的使命でもあります。
我田引水、綱の引っ張り合いばかりしているから、日本の地方は発展しないとさえ考えます。

地方分権がもっと進めば、こういった「自分の街には不利だけど・・・」とか「他市の街には不利だけど、自分の街からすれば有利だから・・・」というケースは、これからたくさん生じます。

自分の街の利と他市の利が一致しない時にこそ、どうやって調整するかが今後とわれる政治力のひとつとなってくるでしょう。

今回の広域保育は、そういった意味で議員・職員ともに良き試金石になったとポジティブに捉えています。

午前中のふれあいスポーツ大会に出席させてもらってからは、
泉北いきいきの郷での収穫祭に家族で伺いました。

9歳までは感性教育を、
10歳からは知識教育を中心に、という持論のもと、
今のうちに色んな体験を通して感性を養って欲しいと考えています。

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「育てる」という過程があればもっといいのですが、
それでも「土に触って、玉ねぎ引っこ抜いて、食べる」という一連の流れを体験することで、
食べるという当たり前のことに感謝の気持ちを持って欲しい、
そんな思いで家族で収穫祭を楽しみました。

また、厚労省と農水省で「自然農法と健康維持」について先進的に研究をされている方からのお話も聞けて、
高石市に「市民農園×スマートウェルネス」という落とし込みの可能性も模索してみようと思いました。

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そして、なんといっても自然農法で育てられたサラダは格別!
サラダバー方式なので、参加者の方々は何度もおかわりしてました(^_^)

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夜は泉大津市議、南出インターン生の立志式にお邪魔しました。
南出さんには本当に良質な刺激を与えてもらっています。
今晩もそう。
学生の志を拝見する場でしたが、何度も自分の志を問い直す場ともなりました。

イタリア料理とフランス料理の違いについて。

イタリア料理とは、パスタ?素材?オイル?
フランス料理とは、フォン?ソース?バター?

色んな見方がありますが
イタリア料理の歴史は古代ローマ帝国まで遡ります。
鮮度を保ったまま輸送する技術なんてなかったので、
現地の食材をそのまま活かせる料理が根付いていったようです。
地中海付近では、魚介を中心に。北部では、乳製品を中心に。
といった具合に、地産池消の原理ともいえるような形で発展していったのがイタリア料理でした。

一方のフランス料理は、その起源はイタリア料理から生まれたものです。
ルネサンス期にイタリアからフランスに嫁いできたお姫様が、
実家から専属料理人を連れてきてイタリア料理をフランスに広めていきました。

フランスは中央集権国家だったので、どんどん地方の食材を集め、
美味しい料理を開発していきました。

こうやって見ると、
イタリア料理は、地域の特性を引き出した料理
フランス料理は、あらゆる食材を集積させた料理
と、私は分けています。

さて、ここまで長々とウンチクを書いている理由はというと、
私は、高石の政治はイタリア料理でなければならないと考えています。

高石でしかできない事、高石ではできない事、高石でもできる事。
これらをちゃんと判断し、身の丈に合った地方政治をやらねばなりません。
「武雄市みたいな図書館がいい」とか
「関東圏のような医療助成がいい」とか
「阪急沿線のようなオシャレな街がいい」とか。
それ、ぜんぶ高石でできますか?
いいえ、ムリです。

高石で出来ることは何か?
ということを突き詰めて考えた私のビジョンは、
「良質な文教都市」なんです。

生活保護率も低い、平均所得も高い、暴力団事務所及びそれに類するものはない、スラムのような地域もない、犯罪率も低い、駅多い、私立の学校も多い、など。

高石市で良質な教育を受けることのできる環境を整備することこそが、イタリア料理の歴史から学んだ私なりの解答です。

そして、これからの地方政治はこの概念を外しては存続なんてできないでしょう。
そして、フランス料理的ともいえる「ヒト・モノ・カネ」が集積している東京一極集中を解消する。
これが日本の将来を考えたうえで、都会と田舎が生きていける抽象的概念です。

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率先垂範として、
外に食材の調達に行かずに、畑中家の冷蔵庫に牛乳とツナとシメジがあったので、イタリア料理的にいつものイタリア料理で昼食(^ω^)

なにも「フランス料理けしからん!」と主張しているわけではございませんので、誤解なきよう・・・。

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