» 2014 » 7月

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フランス料理とイタリア料理の違いとは?
様々な見方がありますが、イタリア料理の歴史は古代ローマ帝国まで遡ります。
鮮度を保ったまま輸送する技術がなかったので、食材を現地で活かせる料理が根付きました。
地中海付近では魚介を、北部では乳製品を、といった具合に。

一方のフランス料理は、その起源はイタリア料理から生まれました。
イタリアからフランスに嫁いできたお姫様が、実家から専属料理人を連れてきてイタリア料理をフランスに広めました。
フランスは中央集権国家だったので、どんどん地方の食材を集め、美味しい料理を開発していきました。
こうやって見ると、イタリア料理は、地域の特性を引き出した料理で、フランス料理は、あらゆる食材を集積させた料理と大別されます。

さて、私は、自治体の政治はイタリア料理的でなければならないと考えています。
高石でしかできない事、高石ではできない事、高石でもできる事。
これらをちゃんと判断し、高石市に合った地方政治をやらねばなりません。
「武雄市みたいな図書館がいい」とか、「関東圏のような医療助成がいい」とか、「阪急沿線のようなオシャレな街がいい」とか。
それ、ぜんぶ高石ができるでしょうか?財源が足りなくなり将来にツケを回すのは明らかです。

高石で出来ることは何か?ということを突き詰めて考えた私のビジョンは、「良質な文教都市」です。
比較的治安も良い、暴力団事務所及びそれに類するものもない、スラムのような地域もない、犯罪率も低い、平均所得も高い、駅多い、私立の学校も多い、など。
他所の街から高石をみたとき「高石は教育にチカラ入れているね」と自然に言われるような文教都市、それが私の導き出す高石の将来ビジョンです。
その将来ビジョンに向かって政策を提案し、日進月歩で高石市を進化させていくことが私の大きな使命の一つととらえ、歩みを進めます。

一歩一歩、確実に。


 ◆議案審議:「広域保育が導入されるにあたり」 @保育所問題

来年度から導入される広域保育が始まると、高石市の内外問わず保育が可能になります。
とても便利なように思えますが、年度当初の待機児童がゼロの高石市からしてみれば不利になる可能性も。
(H25年度:堺市62名、和泉市48名、泉大津市38名)

例えば、隣接市の待機児童を預かることで保育所の定員が上限に達し、高石市の児童が入所できないといったことも十分に想定されます。
来年より浜寺幼稚園・清高幼稚園の認定こども園化(保育所機能を付加)にともない、必然的に待機児童は減少します。
市内の子どもだけでは定員割れの可能性も同時に発生するので、隣接市の子どもを受け入れる必要性が生じます。

そこで問題提起したのが表面化していない待機児童への対策。
第1希望の園に入所できていない、兄弟バラバラの保育所に預けているなどのケースに対応するために、新たな認定こども園の増員枠を余すことなく活用すべきです。
もちろん、他市の子どもを排除するわけにはいきません。
市内の保護者のニーズを満たしながら広域保育を導入すべきと強く訴えました。


 ◆議員提案:「議員定数が17名→16名に」 @議会改革

約1年間、懸案事項であった議員定数削減問題は1名減員という方向で決定しました。
私たちの会派(高志会)含む有志で提案していたのは「2名減」でした。
2名を減らす正当性などを求められる白熱した議論が展開されましたが、最終局面で「2名減が実現しない可能性」が確実視されるようになりました。
一方で「1名の減員なら全会一致で可決」という条件も浮上しました。

私たちは「定数が削減されないまま選挙を迎える事は絶対に阻止すべき」という理由から、口惜しさを噛みしめながらも「1名減」という妥協点を見出し、
全会一致で17名から16名への定数削減が決まりました。
2名の削減を結実させることができなかったのは、この案件に関わっていた私の戦略不足と読みの甘さによるものと自省の念に駆られる思いもありましたが、
一方で全会一致による定数削減が実ったことに対し一歩前進と前向きに受け止め、さらなる議会改革に歩みを進めます。

また、対案として提出された議員の報酬削減については、諮問機関である特別職等報酬審議会に諮ることとなりました。


◆政策提案:「分煙エリアの指定について」 @文教都市を目指して①

高石市は医療費の削減等を目的として市民が健康で健やかな生活(スマートウェルネスシティ)を営んでもらうような取り組みをおこなっています。
この取り組みの趣旨そのものには大賛成なのですが、「健幸のまち」を掲げる以上は改善しておかねばならない課題が存在します。

今回訴えたのは、通勤時の駅入り口における受動喫煙についてです。
駅付近にはご近所の方が簡易な灰皿を設置してくれているのですが、急いでるせいか煙草を完全に消さずに、そのまま煙がモクモクと漂っている現場をよくみます。
その煙をくぐりながらホームに向かうのは、大人だけではありません。
中高生も煙たそうな表情で通学しています。

これでは「健幸なまち」に相応しい市の玄関口とはいえません。
泉佐野市や西宮市では駅前を分煙指定(喫煙エリアを設置)し環境美化に取り組んでおり、市民の健康意識の向上に大いに役立っているとのことです。
高石市がまちのブランドイメージを「天女」と位置づけ、良質な住環境を発信していくのであれば、外すことのできない訴えだと考えます。


◆政策提案:「学力向上と社会を生きる力について」 @文教都市を目指して②

高石では珍しく昨年度の学力テストにおいて全ての教科・区分が全国平均を下回る結果に。
このことについて教委は重く受け止め、学校ごとでより具体的な対策を講じるとのこと。
学力テストは、公開非公開が世間の関心を呼びがちですが、その結果からの評価と分析を教委と現場がいかに共有しているかが大切。
教委と先生との問題意識の共有の必要性を訴えました。

また、私が続けている大学生のインターンシップの実体験から問題提起したのが「敬語の使い方」について。
年々、学生の「敬語の使えなさ加減」はひどくなる一方。
彼らいわく、3回生の就職活動直前に「就活面接マニュアル」のようなものを読んで、敬語やビジネスマナーを短期間で叩きこむそうです。
だから、面接本番では慣れない振る舞いで委縮してしまうとのこと。
また、経営者からも「入社時点で体得しておくべきビジネスマナーができていないから、そこから教育しないといけない」と困っており、外国人採用枠を広げる企業も増えてきています。
日本人を育てる一役を担っている小中学校でにおいて、敬語の習得に力点を置くべきだと強く訴えました。


◆政策提案:「通学区域の再編成」 @文教都市を目指して③

近くに学校があるのに遠くの学校に通わなければならないという不公平が解消されないまま40年が経過しました。
以前より校区の編成を訴えてきましたが、行政は「南海本線の高架化(平成28年度)」の時期を目途に検討を始めるとのこと。
その方向性で進めるにしても早い段階から地域の意見を踏まえながら進める必要があります。
なぜなら、校区の再編成は、恩恵を被る地域もあれば、そうでない地域も発生するからです。
全員の満足を得るのは困難だからこそ、時間と労力をかけた各地域との議論が必要不可欠です。
左記のような通学区域の不公平を解消するために早期の議論をスタートすべきと強く要望しました。

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◆政策提案:「道徳教科書の未配布問題から」 @文教都市を目指して④

新しい道徳教科書「わたしたちの道徳」が首都圏において9割ほどの学校が家に持ち帰らせていない事実が発覚し、
現場の教員の独自の判断で「不使用を決めている」可能性もあり「教育の機会均等」にならないと問題視されています。
同教科書を全て精読しましたが、素晴らしい内容ばかりです。

でも、「作っただけ」で終らせずに、現場で使い込んでもらわなければ意味がありません。
高石市での実態も把握すべきと確認したところ、「原則は持ち帰っているが、返事を書き込む作業が必要な場合は学校で預かる場合もある」とのことでした。
一安心といったところですが、更なる実態把握のためご家庭での現状を教えていただければあり難いです。

扇で例えると、竹や木でできた骨の部分が理科や数学で、要の部分が道徳だと私は考えています。
いくらお勉強ができても規範意識や互恵精神、人間力が育成されないままの社会人が増えていくと、それだけ歪な個人主義を尊重してしまう社会になってしまいます。
これからの高石市の教育に期待を込めて質問をしました。


  ◆PDFデータ(全文)

日進月歩NO12

日進月歩NO.12裏

泉北環境組合の監査を拝命する予定(・・・正式には明日)です。

私が監査で留意している点は「厳しくチェックし過ぎて現場の負担を必要以上に作らない事」です。
厳しくしようと思えば、いくらでも厳しくすることは可能です。

監査の事務局は、もちろん公務員なので自治体規模が違えばチェック体制の規模も自ずと変わります。
高石市では「監査委員2名」につき事務局が5~6名体制ですが、
泉北環境組合では「監査委員2名」につきたったの1名。
そこで、高石市と同じようなチェック体制を事務局に求めても、
結局は事務局の負担が過大になってしまい、本来すべきチェックが疎かになります。

とは言いつつも、「忙しくてできませんよ」という言い訳に唯々諾々としていてもいけません。
負担を強いてでも、内部統制を強化すべき時もあります。
ならぬことは、ならぬものなのです。

監査をするなら、ここの見極めが実に肝腎なところ。

この見極めができていて深刻な不備が起こってしまったとき、それは「チェック体制の甘さ」だけではなく、「その事務を処理するうえでの適正な規模でなかった」というそもそもの原因も考えねばなりません。

たとえば
決定的に残念な元兵庫県議の件で、議会事務局を責め立てるなら、89名もの政務活動費の領収書をチェックする事務局の適正規模も同時に考えてあげるのが、問題解決のための筋だと私は思います。

「何某当時倹約を細かに仕る由申し候へば、よろしからざる事なり。
水至って清ければ魚棲まずと云ふことあり。
およそ藻がらなどのあるにより、その蔭に魚は隠れて、成長するものなり。
少々は、見逃し聞き逃しある故に、下々は安穏なるなり。
人の身持ちなども、この心得あるべき事なり。」

山本常朝「葉隠」より

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