» 2014 » 11月

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マンションや家の前で友達と一緒にいるのに
何時間も小型のゲーム機で遊んでいる子ども達を見て
なんだか悲しくなるのは私だけでしょうか?

ゲームで遊ぶこと自体が悪いとは全く思いません。私も子ども時代、ゲームが大好きでした。
宿題もせずにゲームばかりして叱られたこともありますし、家族みんなでゲームしながら楽しんだ思い出もあります。
しかし、ゲームで遊ぶことと同じぐらい、外で元気に走り回っていました。
公園や学校、空地など、子ども達にかかればどんな場所でも遊び場になるのが当たり前で、遊び場には困りませんでした。

しかし、今はどうでしょうか。
公園に行くと「ボール遊び禁止」と書かれた窮屈な看板、変質者による気味の悪い事件の増加、家のなかでも気軽に遊べない家庭環境の変化・・・
子ども達が元気に、自由に、泥だらけになって、そして時にはケンカもしながら遊べる環境は「大人の都合」でどんどん減っていっています。
「授業が終われば下校させられるし、小さい子ども達だけで公園で遊ばせるのもなんだか不安。ゲームばかりさせてあげたくないんだけど・・・」
という保護者の切実なご意見が少なくない事からも、子ども達の居場所があまりにも少ないという実態の深刻さを感じさせられます。

ゲームで遊ぶのもよし、でも「いつでも自由に子ども達が遊べる安全な環境」をもう一度作ってあげるのが大人の責任ではないでしょうか。

 

若者の人間力・社会適応力の低下が社会問題となっていますが
それは「詰め込み教育」「ゆとり教育」だけが悪かったわけではなく
子どもの時からのコミュニケーションが少なかったからだと私は考えます。

じつは日本の学力は年々向上しています。
国際的な学力を図るPISA(OECD加盟国、15歳の子どもを対象とした調査)では2012年に「人口1億人以上の国」のなかで日本だけが上位にランクイン(都会のみ対象としている中国は除く)。
ちなみに、教育で有名なフィンランドは年々下降、ついには日本に追い抜かれました。

ところが、「その割には新入社員の資質が上がらない」と企業の嘆息は一向にやむ気配がありません。
「日本人より優秀だから」という理由で外国人の新卒採用が年々増しているのが、その厳しい現実を物語っています。
私も毎年「インターンシップ」として大学生と一緒に活動していますが、「自分で考えるチカラ」や「対人能力」の高い学生が年々減ってきているとの声をよく聞きます。

学力は上がっているのに、社会を生き抜く力が弱まっている―。
大学カリキュラムのあり方、道徳教育の形骸化、保護者の過干渉、飽和状態の社会インフラなど、様々な要因が考えられますが「子ども時代の過ごし方」も大きな一つの要因に挙げられます。

一人でも遊べるゲームより、外で友達と遊ぶ方がコミュニケーション能力の基礎が養われます。
どういった言動が人を傷つけるか、もしくは喜ばせるかを、失敗を繰り返しながら学ぶことが子ども達にとってとても貴重な経験であることは言うまでもありません。
ゲームが悪いとは申しませんが、遊びを通して学ぶコミュニケーションの基礎を養える場所、
つまりは「いつでも自由に子ども達が遊べる安全な環境」の整備は社会的にも必要性を増してきています。

 

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