臨時議会を招集されました。

 

以前は、高石市は臨時議会を開かずに、専決処分という議会を開かないで物事を決めてしまうコトを(乱発とはいわないまでも)割と多く行使していました。

議会から指摘が入り、専決処分は年間数件に減り、その代わり、臨時議会の招集が多くなりました。

これは、非常に善いコトです。

 

  ■ ■ ■

 

さて、臨時議会の内容ですが、

主に、高石幼稚園の廃止条例保育所民営化に関連する補正予算の二点です。

 

結論からいうと、両者とも総論賛成です。

 

むしろ、幼稚園の統廃合はもう少し早くにして欲しかったという思いはあります。

4歳児(年中さん)・5歳児(年長さん)ともに1クラスしか児童数がいない状態で、クラス分けもできないのに、まともな幼児教育ができるわけがありません。

1問題というのは、ここにも端を発しています。

なぜ、これだけ少ないかは、主に3歳児から入園できないからと言われています。

では、3歳児(年少さん)をやればいいのでは、と主張される議員さんもいますが、これは余りにも経営感覚を無視した論であります。

先生を1人公務員として雇用するわけですから、かなりの経費が必要になります。

 

少子化で、ニーズが幼稚園→保育所に移行しているなか、いつまでも昔のままで残せるという考えは、早くに改めねばなりません。

そのスピード感と将来的展望が、今の高石市に圧倒的に足りないところです。

 

気になるのは、廃止の方法です。

児童に発生する影響の少ないように、実行しなければなりません。

注視して、確認作業に入ってまいります。

 

そして、保育所。

私は、「保育所は民営化すべし。」という基本スタンスです。

ただ、高石市が掲げるべき公立保育所の役割、法人の選考、引き継ぎ期間の確保など、留意するべき箇所はたくさんあります。

こういう民営化問題になると、どこかの組織が「子どもの為に!」という美名のもと、自分たちの職域を守る反対運動を興されます。

そんな、政争やしがらみや保身に塗れた根拠ではなく、賛成ロジックも反対ロジックも、本当に子どもたちの事をニュートラルに考えている人たちの声を聞いて、どちらでも構わないので、考えて、選択して欲しいと思います。

 

  ■ ■ ■

 

また、子どもたちのことになると、「お金の問題ではない!」と主張されますが、それは間違いです。

お金がなければ、何もできません。

福祉を度外視した採算性や利潤追求がダメなのは、言うまでもありません。

一方で、無い袖は振れないという現実もあります。

 

今まで、そんな聖域を固持し続けてきたから、今日の財政難があるんです。

 

「お金の問題ではない!」と言われ、「その通りだ!」と頷く政治家の見据える先は、自分の選挙です。そして、もたらされる未来は、今のお金のない高石市です。

「お金の問題ではない!」と言われ、「いや、ちょっと考えてください。」と対話する政治家の見据える先は、高石の未来です。そして、もたらされる未来は、今よりもお金のある高石市です。

 

私は、後者であり続けます。

それが、政治と住民を身近にするための一歩だと信じてるから。

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畑中議員にお尋ねします。

このたびの高石幼稚園廃止に際し、
「4歳児(年中さん)・5歳児(年長さん)ともに1クラスしか児童数がいない状態で、
クラス分けもできないのに、まともな幼児教育ができるわけがありません。
小1問題というのは、ここにも端を発しています。」

と書いていらっしゃいますが、クラス分けできない(=1学年に1クラスしかない)幼稚園では、なぜ「まともな幼児教育」ができないのでしょうか。また、複数クラスがある幼稚園からだと「小1問題」は発生しないのでしょうか。

私は幼児教育のことがよくわかりませんので、教えてください。
何か事例等もあれば、ご教示いただけると幸いです。

コメント有難うございます。
ブログ上において説明不足で申し訳ありませんでした。

小一問題(小一プロブレム)とは、小学校に入学したての子どもたちが授業中にもかかわらず廊下へ出たり、机の上に立っておどけてみたり、教室内をフラフラ歩いたりして、授業ができない状態に陥ることをいいます。
一般的には、「親のしつけ」の問題だと言われていますが、私はそれだけではないと思っています。
親学という学問では、子どもの幼少時に共感性が養われ、それが小一問題を起こすと言われています。
その共感性とは、幼稚園や保育所内にかかわらず色んな子どもたちと関わることで養われます。
賢い子どももいれば、ちょっと乱暴な子どももいるし、引っ込み思案の子どももいます。そんな色んな性格の子どもたちと一つのクラスで関わって、共感性を養うということが就学前教育でとても大切なことだと思います。
よって、そんな就学前教育において、クラス替えもできない状態では色んな子どもと関わる機会が少なくなり、共感性が十分に養われないまま、小学校に入学し、小一問題に大きく影響を与えていると考えます。

臨時議会などでお忙しい中、ご回答いただきありがとうございました。

子どもたちが授業中にもかかわらず廊下へ出たり・・・が問題になるということは、「小1問題」イコール「学級崩壊」と理解してよろしいでしょうか。

園児の減少によりクラス分けができない市立幼稚園の出身者が、その入学先で「小1問題」の原因になっているとすれば大きな問題です。2クラス以上ある私立幼稚園を卒園された同級生にとってはさぞかし迷惑でしょうね。

しかし、小学校には幼稚園だけでなく保育園からそのまま入学する子も少なくなりません。しかも、保育園は教育施設ではないので、幼稚園に比べて十分な「幼児教育」がなされているとは思えない上、たいていの保育園では年長(5歳児)は1クラスでクラス替えは不可能です。

畑中議員の説に従うと、

保育園 < 市立幼稚園 < 私立幼稚園

の公式がなりたち、保育園および市立幼稚園の卒園児は「小1問題」の原因になっていると受け取れます。

この状態を高石市としてはどう対処すれば良いのか、畑中議員の見解をお聞かせ願えますでしょうか。

聞くだけでは失礼にあたりますので、「小1問題」に対する私の意見を述べさせていただきます。
はっきり言って「小1問題」の一番の原因は小学校側の責任です(すべてとは言いません)。1年生の各クラスにはほぼ同じ比率で市立幼稚園、私立幼稚園、保育園を出た子供たちが振り分けられますが、すべてのクラスで「小1問題」が発生するでしょうか?。以下は言うまでもないと思います。

ご意見有難うございます。

保育園は、縦割り保育などがあるので、私の懸念している共感性という事項は、一定達成されうる環境にあると思います。
分かりやすく公式で表現いただいておりますが、どちらかというと、市立幼稚園・私立幼稚園・市立保育園・私立保育園は優劣で序列されるべきものではなく、それぞれの役割と機能で保護者から選択される「選択肢」であるべきものと考えております。
その選択肢のなかで、現在の市立幼稚園の在り方は、とてもじゃないけれど選択したいというニーズを満たしていないのではないか。また、市立幼稚園の役割を満たしていないのではないか、というような課題が浮き彫りになっています。(・・・今までずっと、なっていました。)

さて、私の「小一問題」の見解です。
誤解を招かないよう控えていた表現なのですが、小一問題は発達障害によるものだと言われています。
小学校側の責任とありますが、仰る通り、小学校側も何らかの対策を講じねばなりません。
埼玉県が画期的な取り組みをされています。
内容は、早期発見・早期支援を促進させようというもので、保育園・幼稚園などでテキスト配付、保護者に発達障害との接し方を学ぶ冊子、市町村に発達支援サポーターの育成、小学校・幼稚園・保育園の連携強化など、こういった取り組みで増え続ける発達障害の児童を支援していこうという取り組みです。
子育て論で、私が尊敬している明星大学の高橋史郎先生という方がいらっしゃいます。ご興味があれば、いちど覗いてみてください。

上記のような取り組みは高石市だけではできるものではありません。大阪府や広域で行っていくべきものです。その点を、市議の枠組みを超えて要望していますが、大阪府も検討中ということで、現在進行形(やや遅く)というのが正直なところです・・・。

以上、お答えになりましたでしょうか。
お気軽にご意見下さいませ。

何度もお答えいただき、ありがとうございます。

「小1問題」の原因は、実は発達障害によるものだったということですね。
昔に比べ、障害を持つお子さんを普通学級にいれたいと希望される保護者が多いと聞いたことがあります。この保護者の願いのために学級崩壊が起こっているとすれば、行政側として何らかの対策を講じられる必要があるのではないでしょうか。それも大阪府や広域レベルではなく、国レベルの問題として取り組む必要があると思えます。

先の回答の中に「市立幼稚園の役割」という言葉がありましたので、これをグーグル検索してみると、2番目になんと高石市の職労のサイトが現れました。

高石市における公立幼稚園の役割
http://www5e.biglobe.ne.jp/~t-joho/hoifukukyo/0410youtieniken.html

これを読むと、高石の幼稚園の歴史と現状と問題点がよくわかりますが、「市立幼稚園の役割を満たしていないのではないか」と考える畑中議員にとって、高石市の市立幼稚園はどのような問題を抱えているのでしょうか。このコラムの中で「保育所は民営化すべし。」という基本スタンスをお持ちと公言なさいましたが、幼稚園も民営化すべしでしょうか。

小中学校の統廃合も含め、高石市における教育環境のあるべき姿について、畑中議員の考えをお聞かせ願えればと思います。

ご意見有難うございます。

高石市立幼稚園の問題は申し上げているとおり、「児童が少なすぎる」ことに尽きます。

また、私立に比べて圧倒的にサービスが弱い公立の営業努力では、民間に適いません。

そこで公立の役割が保護者から要請されてくるのですが、そのニーズに応えれるぐらいの機能性が公立幼稚園では実現できなくなっています。

ちなみに、ご指摘のホームページを拝見しましたが、私は、自分たちの職域を護ろうとする主張にしか感じることはできませんでした。そこで、「公立はこういった役割を果たすため頑張ります!」というような当然のアピールも見当たりませんでしたし・・・。

小中学校の統廃合は、いまだ何らの検討もされておりません。

しかし、一定の集約は果たしていかなければならないと思っています。

小学校は、幼稚園と違い地域住民のマインドが大きく違います。

行政が果たすトップダウンによる手法も大切ですが、もっとも民主的な手法による導入を果たさなければなりません。

はじめてブログを拝見しましたが、
「クラス分けもできないのに、まともな幼児教育ができるわけがありません。小1問題というのは、ここにも端を発しています。」
というのはあまりにもひどい偏見ではありませんか?
公立幼稚園出身=まともに教育を受けていない問題児、ととらえられてもおかしくありません。
こどもを公立幼稚園を卒園させた保護者として看過できません。
一般人の立ち話レベルの根拠のない自説を、このような公開された場で
発言されることに常識を疑います。

「就学前教育において、クラス替えもできない状態では色んな子どもと関わる機会が少なくなり、共感性が十分に養われない」とありますが、公立幼稚園出身者はそんなに共感性がないですか?データがありますか?
児童数が共感性の育成に影響するという説が正しければ、極端な話、
人口過密都市>過疎地ということになりますよね?
おかしいとお気づきになりませんか?

保護者OBとしての実感では、公立幼稚園のこどもたちは、地域の中で保育(通園時、降園後も含め)されているので、同年のこどもだけでなく、その兄弟・保護者・地域のさまざまな年代の方と交流しながら十分に共感性をそだてていると思います。

そもそも「小一問題は発達障害によるものだと言われて・・」いるのであれば、公立幼稚園の園児たち、または出身者たちの共感性云々、ひいては園児数が少ないこととは無関係ではないですか?

このような誤った論理・認識の上で複数の異なる問題を解決しようとされていることに危惧を覚えます。

>無名ママさん

ご意見有難うございます。
不快な思いをさせてしまったら申し訳ありません。
ただ、「クラス分けができない状態の公立幼稚園の児童=問題児」という方程式は成り立ちませんし、そのようなことを主張しているつもりもありません。
公が果たすべき就学前教育が成されていないという事を主張しているということを、ご理解ください。
また、クラス分けができない状態の改善に伴う公立幼稚園の統廃合は、小一問題の課題解決に向けてのみではありません。廃止される幼稚園の園児数は、4歳児が11人、5歳児が12人、私はこの児童数が、就学前教育を行うのに適正な規模とは言えません。
そして、この状態を何年も放置してきた行政には大きな責任があると思いますし、また、他にも適正な規模でない公立幼稚園が存在しているのに、廃止に踏み切れない行政の中途半端な姿勢には否定的な感情を抱かざるを得ません・・・。
過疎地域の話がですが、往々にして、地域コミュニティーが充実していたり、全体的な学童が少ない状況など、高石市とは容易に比較できないと考えられます。
また、公立幼稚園卒園者からも就学前教育を充実するために、公立幼稚園の統廃合を望む声も届いておりますし、様々な状況を勘案したうえで、私なりの意見を述べさせていただいているつもりです。

回答いただき、ありがとうございます。
議員さんの発言が誰かを不快にしたということに気づいてもらえればけっこうです。

子育ての現場では、ひとそれぞれに考え方があります。
でも、自分と違う感覚の方に対して攻撃したり、排除したり、おとしめたりすることは慎むべきだと思います。

行政の場面でも満場一致なんてありえないしょう。けれど、少数派をないがしろにすることのないような施策をのぞみます。

このたびの公立幼稚園廃園の件で私が一番理解できなかったのは、当事者(在園児と未就学児の保護者)に説明が十分にされていない点です。
なにしろ9月に入ってからも「園児募集」のポスターが掲示されているくらいですからね・・・。
羽衣地区のお母さんたちだって近い将来羽衣か北幼稚園が廃園に追い込まれることをまったく知らされないでいます。
乳幼児の定期健診は個別にきっちり届きます。それと同じくらいきちんと知らしてほしい。そして広く意見や要望を募集してほしい。
高石市に幼稚園難民がでないように祈っています。また、幼稚園教育の大半を市外の民間団体に依存するようなことにならないようにしてほしいです。

ご理解いただき有難うございます。
仰るとおり、子育ての現場には様々な考え方があり、また、子どもに対する思いも強いため、排他的な関係性になったりしてしまっている現場をよく拝見します。

単純な多数決ではなく、少数派の意見も組み入れるのが、日本のやってきた衆知の民主主義であり、現在イチバン要請されていることです。

しかし、部分最適であってはなりません。全体観をもってバランス感覚ある決断をするのが最上であるとも考えます。

たしかに、住民説明は「やり尽くした」とはいえません。

幼稚園の廃園には賛成ですが、スムーズな移行とはいえない状況であるため、心情的には60~70点の賛成です。

討論でも申しましたが、「政治の為すことは100人いれば100人の賛同なんて得れることはない。だからこそ、いかにして100人の賛同を得れるかの努力を果たすことが行政の義務だ。」と。

いずれにしても、公務員という人たちは、一生懸命仕事をしてくれているのですが(そうでない人間もいますが)、市民に対して一定の距離感を図りたいというマインドがあると、私は感じています。

その垣根を取り払うことも、議員の仕事であると思います。

「住民に説明しなさい!」と命令しても職員は動きません。

彼らの意識をどのようにしたら少しずつ変えれるのか、このことに心血を注いでいきたいと思います。

宜しくお願い致します。

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