皆さま、明けましておめでとうございます。
新年を言祝ぐには少し遅くなりましたが、心よりお祝い申し上げます。

我が家では、昨年より子供たちにも正月気分を味あわせたいという目的で、
お節を作り始めました。もちろん、妻が。
年末の家事において、毎年バタバタと忙しさにかまけている私は戦力外。
世間では当たり前の事なのかもしれませんが、
子供の相手しながら、大掃除を済ませ、お節までこしらえてくれる妻にたいし、
あらためて感謝の念を抱きました。

ということで、お節を食べながら正月を過ごせているのですが、
どうしても「飽き」がやってくる、ということで。

色々と妻から「違った味が食べたい」とリクエストを受注。

海老の旨煮から殻が例年のごとく余るので、
アメリケーヌのソースをこしらえ、パスタに。
あと、マグロの漬けと。

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アメリケーヌはメチャ簡単で、海老の殻をリユースできる点から、地球にも優しいのでオススメです。

 

正月の恒例行事として、もうひとつ。

「年間計画」を策定することです。もちろん私のです。

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これは去年つくったものですが、概ね「計画通り」、どころか計画以上に動けてます。
(今年は選挙があり、戦略的な性格が強いので非公開・・・)

大事なのは「計画通り」に動くことではなくて「最低限、これぐらいは遣りきる」という覚悟を示すための計画なんですね。

昨日、ようやく策定しました。
もちろん、選挙は当選することが大前提で作りました。

計画遂行に向けて今年も頑張ります。

30日と31日は完全にオフにしました。

30日は先輩のお家で「餅つきやってるから」ということで、
娘と二人でデートしてきました。
自治会、実家などで年に4回ぐらい餅つきをお手伝いするのですが、
私は「返し手役(関西では、かい取りというそうです)」に従事することが多いので、
ほんの少し上手にできます。
せっかくなので極めてみようと、様々な餅つき大会に出稽古したいと考えてます。

夜は今年最後の飲みおさめ。
同級生との忘年会。
気心知れてるんで、皆が言う政治への意見は好き勝手に飛び交わされます。
相手に遠慮してオブラートに包みすぎると、
結局は何が言いたいのかよく分からない・・・ということがないし、
なにより何十年来も培われてきた共通言語が出来上がっています。
酒を酌み交わす友人でもあり、護るべき市民でもある彼らの声は、
いつもとはまた違った形で私の血肉となってくれました。

そして朝起きると、遅れ馳せながら大掃除。
妻からの指令にある必要備品の買い出しに車を走らせ、
エアコンのフィルターや自室などを掃除しました。
100点満点の煤払いができたわけではありませんが、
年神様をお迎えしても恥ずかしくないほどにはなったかなと。

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今からは年末恒例の溜まっている業務の煤払い、タスククリーンに精を出します。
そして、1日には午前5時より元朝式にお招きをいただいているので、年越しそばを食べてすぐ寝ます。
こんないつも通りの年越しをさせていただける環境に感謝し、平成26年の結びとします。

今年はお世話になりました。
皆さまにとっても良き新年を迎えられますことを祈っております。

年末の多端の折、ポスティングしていると大掃除中の皆さんが多く、
軒先でいろんな方とお話できる機会に恵まれます。

私が思っている以上に、行政への怒りの声が多く、
私が思っている以上に、行政への感謝の声が多いのが肌で感じた次第です。
声の小さい多数派であろう市民の声を聞ける有難い時期ですね。

行政への不満の声を聞くと、凄く悔しくなります。
市民には見えにくいけど、日頃から頑張ってる職員の労苦や、及ばずながらでも関わってる自分も含むと、しょうじき悔しいです。
そんな感情をグッと押さえて、ぶつけられる正論を冷静に捉え、改善できる余地へと置き換えます。

逆に、行政への感謝の声を聞くと、凄く嬉しくなります。
別に自分の手柄でも何でもないことなのに、自分の事のように嬉し恥ずかしくなってしまいます(^_^;)

議員、公務員問わず、行政に携わる者なら当然にもっておかねばならない「我が事意識」。
どれほどの職員さんが抱きながら働いてくれてるのだろう、と思いながら。

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ちなみに、写真の土地はどこだか分かります?
徐々に家が増えてきています。
早く埋まればいいのになぁ(^_^)

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「君たちは選挙前だけ頑張ってるんだろ?」

最初はグサッと刺さったこの言葉。
「いや、そうじゃないですよ」と抗っても、なかなか理解してくれず。
たしかに、その少しのやり取りのみで信頼してくれ、という方が無茶というもの。
なら「行動で示すしかない」と、活動し続けた2期目。

市民の願いを受け、政策を創り上げ、
行政へ提案し、結果を市民に報告する。

示すべき行動とは、この基本的な議員活動をひたすら徹底することでした。
市民の思いを聞きに伺い、実現に向けて調査研究を行い、
昇華させた政策を提案し、一軒一軒のポスティング、そして報告会での活動報告。
真冬の駅立ちも、真夏のポスティングも、目の回る忙しさも、
「選挙前だけ頑張ってる」という悔しい言葉をバネにして続けてこれました。
最初はグサッと刺さったこの言葉。いまでは原動力へと変わっています。
もちろん政治家へのイメージは、たった4年の行動で簡単には変わりません。
変わりませんが、この言葉が励みになり活動し続けてきた4年間を報告します。

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日進月歩NO.14表

日進月歩NO.14裏

そもそも衆議院選挙は小選挙区なので、有権者の投票行動は「人物」よりも「政党」で判断されがち。

しかし、今回は「地域で確りと仕事ぶりが認められている人物」が自民圧勝の逆風に勝利したケースが各選挙区で散見されます。

少なくとも、前回よりは「政党」よりも「人物」で選ばれるようになってきている手応えを感じた今回の衆院選。

 

自民党にも維新の党にも、優れた人物もいればそうでない人物もいます。
無所属の私は応援する基準として次の3つを考えています。
それは、泉州地域の発展・国の未来を見据えた政策実行力、そして人柄。

なので、そもそも「政党」で選ぶ基準は持ち合わせていませんし、
残念な方が公認を得て出馬した場合に「応援できるのか?」と問われると非常に厳しい・・・というのが正直なところ。
大阪都構想そのものには疑問だらけですが、今回は人物重視で維新の党を応援しました。
(これはこれで無所属という、一見、身勝手にもとれる立場だからこそできるのでしょうが)

もちろん、「政党で選ぶべき」という考え方も正しいと思います。
政権与党を勝ち取るためには、政党ベースで投票行動を考えるべきですし。

ただ、私は政党の「公認のされ方」に大いに疑問をもっています。
船頭多しの政党役員によるパワーゲームで決められたり、
「この指とまれ」で人気政党の衣を借りるような公募であったりと、
比較的いままでは「人物」よりも「政党」の方が重視されてきた傾向にありました。

しかし、その傾向が強すぎたせいで
「政治とカネ問題」や「醜聞的なニュース」「インタビューでの残念な受け答え」により、
政治への信頼を削り取っていくことに繋がってしまいました。

だからこそ、もっと人物で評価されるような選挙であるべきだと考えています。
もちろん、小選挙区とはいえ有権者一人ひとりに人物の魅力を伝えきるのは難しいという物理的な課題はあるものの、
それでも、候補者と有権者との距離を近くする努力はしていくべきだと考えます。

そうなれば、政党はもっと人物の育成にチカラを注いでいくことになるでしょう。
「〇〇塾」とでも題して、公認の前段階からじっくりと政治家としての人物を育成することにもっとチカラを注げば、
政治家の質もあがってきます。

だからこそ、代議士は国民の声を聞いて、しっかりと報告をするということに、もっとストイックに行うべきだし、
有権者はそういった機会を逃さずに勇気をもって参加してみるという意識を養うことが肝要になってくるかと思います。

そんな社会的な雰囲気を作り出すためにも、市議として啓蒙活動に頑張らなければなりません。

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マンションや家の前で友達と一緒にいるのに
何時間も小型のゲーム機で遊んでいる子ども達を見て
なんだか悲しくなるのは私だけでしょうか?

ゲームで遊ぶこと自体が悪いとは全く思いません。私も子ども時代、ゲームが大好きでした。
宿題もせずにゲームばかりして叱られたこともありますし、家族みんなでゲームしながら楽しんだ思い出もあります。
しかし、ゲームで遊ぶことと同じぐらい、外で元気に走り回っていました。
公園や学校、空地など、子ども達にかかればどんな場所でも遊び場になるのが当たり前で、遊び場には困りませんでした。

しかし、今はどうでしょうか。
公園に行くと「ボール遊び禁止」と書かれた窮屈な看板、変質者による気味の悪い事件の増加、家のなかでも気軽に遊べない家庭環境の変化・・・
子ども達が元気に、自由に、泥だらけになって、そして時にはケンカもしながら遊べる環境は「大人の都合」でどんどん減っていっています。
「授業が終われば下校させられるし、小さい子ども達だけで公園で遊ばせるのもなんだか不安。ゲームばかりさせてあげたくないんだけど・・・」
という保護者の切実なご意見が少なくない事からも、子ども達の居場所があまりにも少ないという実態の深刻さを感じさせられます。

ゲームで遊ぶのもよし、でも「いつでも自由に子ども達が遊べる安全な環境」をもう一度作ってあげるのが大人の責任ではないでしょうか。

 

若者の人間力・社会適応力の低下が社会問題となっていますが
それは「詰め込み教育」「ゆとり教育」だけが悪かったわけではなく
子どもの時からのコミュニケーションが少なかったからだと私は考えます。

じつは日本の学力は年々向上しています。
国際的な学力を図るPISA(OECD加盟国、15歳の子どもを対象とした調査)では2012年に「人口1億人以上の国」のなかで日本だけが上位にランクイン(都会のみ対象としている中国は除く)。
ちなみに、教育で有名なフィンランドは年々下降、ついには日本に追い抜かれました。

ところが、「その割には新入社員の資質が上がらない」と企業の嘆息は一向にやむ気配がありません。
「日本人より優秀だから」という理由で外国人の新卒採用が年々増しているのが、その厳しい現実を物語っています。
私も毎年「インターンシップ」として大学生と一緒に活動していますが、「自分で考えるチカラ」や「対人能力」の高い学生が年々減ってきているとの声をよく聞きます。

学力は上がっているのに、社会を生き抜く力が弱まっている―。
大学カリキュラムのあり方、道徳教育の形骸化、保護者の過干渉、飽和状態の社会インフラなど、様々な要因が考えられますが「子ども時代の過ごし方」も大きな一つの要因に挙げられます。

一人でも遊べるゲームより、外で友達と遊ぶ方がコミュニケーション能力の基礎が養われます。
どういった言動が人を傷つけるか、もしくは喜ばせるかを、失敗を繰り返しながら学ぶことが子ども達にとってとても貴重な経験であることは言うまでもありません。
ゲームが悪いとは申しませんが、遊びを通して学ぶコミュニケーションの基礎を養える場所、
つまりは「いつでも自由に子ども達が遊べる安全な環境」の整備は社会的にも必要性を増してきています。

 

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日進月歩NO.13表

日進月歩NO.13裏

 

マンションのエントランスなどでゲームばかりしている子ども達をみて、
昔に較べたら遊び場が極端に減っている現状を改善したいと思いました。

さきの9月議会で下記リンクのような提案を行政に投げかけ、
さらに実現性を高めるために、現在、
・もういちど市内小学校の放課後を現地調査したり
・箕面市のような先進事例を視察に行ったり
しています。

http://hatanakamasaaki.net/news/?p=1881

若手議員の仲間である原田箕面市議に段取りを組んでもらい、
箕面市の放課後児童対策を視察してきました。

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「先進的」と聞いていたので、楽しみにしていましたが・・・
高石市よりも一歩も二歩も進んでおりました。

大きく違うのは、

・全ての子ども達が毎日、学校で遊べる環境がすでの整備済み
・活動プログラムの質・量が段違い
・子どものとって邪魔な縦割論・建前論を排除しようとする前向きな姿勢

の3点に集約されます。

まとめると、以下のような違いが明確になります。

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このように責任の所在を明確にさせることのできる体制の整備が肝となっています。

高石市のように学童保育と子ども元気広場の双方が全く違う運営主体であるがために、
子どもに万が一の事故等が起こった場合、責任の行方が不明瞭になってしまいます。
たとえば、学童保育の生徒が元気広場に遊びに行ってくるといって、
違う教室に勝手に入り、そこで事故等が起こった場合はどちらが責任を問われるのか・・・など。
これでは、連携も困難です。

箕面市は、この双方を一括して業務委託しているため、受託業者が責任をもって運営できる体制になっています

これを高石市でおこなうとすれば、平たく言うと「学童保育の民営化」となります。
こうなった時に、今までの指導員が総入れ替えしてしまい、子ども達への影響を懸念される意見が予想されますが、
総合評価制度での選考を取り入れ「指導員の引継ぎ」を評価項目に入れることで問題はクリアされます。

それどころか、「地域との連携についての具体的手法」や「支援を要する児童への対策」などの評価項目を加えることで、
子どもの居場所が質・量ともに充実される可能性が高まります。

さらに驚かされたのは、先進的な箕面市のなかでも特に先進的な取り組みである2校はスタディルーム活動プログラムを加えて、
居場所としての放課後」から「学び、成長できる機会を与える放課後」へと更なる充実をはかっていることです。

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当該校の校長先生いわく、「校区の溜まり場」でゲームばかりする子ども達が減ったという意見が、
地域の方から寄せられているとのことです。

高石市はまだまだ「居場所としての放課後」が未整備・未着手。

12月議会での一般質問までに、市内小学校をすべて回り、先進事例をさらに落とし込み、
子どもが放課後、学校で元気いっぱい遊べる環境を作っていきます。

■ 全ての子ども達が元気いっぱいに遊べる校庭を

窮屈な「ボール遊び禁止」と書かれた公園の看板、
変質者による気味の悪い事件の増加、
気軽に家の中でも遊べない(or遊びに行けない)家庭環境の変化・・・

今の子ども達が元気に自由に泥だらけになって、
そして時にはケンカもしながら安全に遊べる環境は、
もはや、学校だけになってしまっています。

しかし、その学校でも「全ての子ども達が」遊べるわけではありません。
小学校の放課後開放は以下のとおり。

学校名 学年(曜日) 備考
 高石小  4~6年生(月~金)、3年生(木) 1~2年生は一斉下校
 羽衣小  全学年(火・木・金) 月・水は会議
 高陽小  全学年(月~金)  
 取石小  2~6年生(月~金) 1年生は一斉下校
 東羽衣小  4~6年生(月~金) 1~3年生は一斉下校
 清高小  全学年※学級単位(月~金)  
 加茂小  全学年  

学校の主役は子ども達のハズなのに、自由に校庭で遊べずに、
「授業が終わったから、お家に帰りなさい」と下校せざるを得ない状況です。
そんな子ども達は、外で自由に遊べる環境が用意されていないから、
マンションのエントランスにおいて携帯型のゲーム機で無言のまま遊ぶのでしょう。
それが悪いとは言いませんが、子ども達が自由に元気いっぱい遊べる環境を用意してあげるのは大人の責任であるはずです。
大人の都合で子ども達の遊び場を奪っていったのですから。

それどころか、学校で遊べる子ども達(高学年など)も運動場で遊べることが知らなかったり、
一旦、下校すると再登校させてもらえなかったりと、
安全確保という大義名分の下、学校の自由度は年々縮小されていったのです。

しかし、議員として「なんとかして学校を開放してくれ」と頼むだけでは無責任というもの。
現状の人員体制で安全確保をしながら全学年に開放すると、
現場の先生や教育委員会の負担が増え、ちがう局面で新たな問題が発生することは自明の理。

そこで質問したのが、
学校の管理下というハードルを外すために再登校を許可したり(一旦下校すると管理下から外れる)、
学校の教育管理は教委、施設管理は福祉部局、またはシルバー人材や社協に指定管理できないか、
など様々な手法が考えられるが、高石市として現実的に考えられる対応策があれば教えてください。

 

■ 答弁

来年度から小学校6年生まで拡充予定の学童保育(あおぞら児童)の可能性を検討したい。

 

■ 「オトナの都合」で敷かれている課題解決に向けて

学童保育は「保育を必要とする子ども達」で、共働き世帯の子ども達しか登録ができないという制限があります。
どちらかの親が働いていない世帯の子どもは週1~2回おこなわれている「放課後子ども教室」に登録することができるが、
これも毎日開催されているわけではありません。

であるならば、学童保育と放課後子ども教室を一体運営することによって、
「全ての子どもが毎日」校庭を自由に使って遊べる環境が整備されるが、
それには以下の障壁が惹起される。

1.利用料金の問題・・・学童は月額6,000円、放課後子ども教室は年間800円(保険代のみ)

2.場所の問題・・・児童が増えた場合の余裕教室がない

3.縦割りの問題・・・学童保育は「生活の場」だから厚生労働省、放課後子ども教室は文部科学省。

4.人の問題・・・学童はプロの指導員と元校長先生の嘱託で運営。放課後子ども教室は地域のボランティア。

1にいたっては、利用時間や保護者がお迎えに来るまでのケアなどで区別化は可能と思われ、
2にいたっても、子ども達が授業を受けている教室の放課後以降の用途変更が可能になればクリアできます。
3にいたっては、もはや行政の弊害。子ども達にとって厚労省も文科省も知ったこっちゃない。大人の都合を押し付けるか、子供の目線で考えるか。
4が最大の難所です。プロの指導員といっても厚労省の補助基準※が厳しすぎて、低賃金で朝から夜まで苦労してもらっているのが指導員の現状
これ以上に子どもを増やすと安全管理なんて全くできない状況に陥るのは明らかです。
※厚労省は1施設600万円/年で運営できる前提で補助金を算定しているが、実際には1,000万円/年はかかっている市町村がほとんど。

この4の「人の問題」をどう克服できるかが最大の山場。
地域のボランティアといっても限界があります。

しかし、江戸川区のすくすくスクールや箕面市の「自由な遊び場開放事業」など先進的に取り組んでいる自治体もあるので、
12月議会までに「学童保育と放課後子ども教室の一体運用」の事例を視察し、
個人的に調査研究を踏まえ、子ども達が毎日、自由に遊びまわれる学校つくりの実現に近づけます。

いまや安全管理が行き過ぎて委縮したリスク管理が子ども達の成長を阻害しています。
すべてのリスクから子どもを守ることは不可能です。
自由に遊ぶということは、ケガもするし、ケンカもするもの。
しかし、それらも子ども達にとっては貴重な経験。
「遊びのプロ」と言われる子ども達の「遊び力」を損なわないよう、
私たち大人が健全に見守っていかねばなりません。

ポスティング11日目。

政治家でなくとも、経営者でも側近でも社員でも「行動こそ本音」です。

理屈はいくらでも飾れます。
理論はいくらでも造れます。

もちろん、理屈も論理も大切なのですが、それよりも重視すべきは「そいつが本気かどうか」であるべきです。
そして、それは行動によってこそ顕れます。

政策も人によっては、欺瞞も偽証も容易いものです。
それに騙されてきたという寂しい歴史もあります。

だからこそ。
行動によってこそ自分の本気度を示さねばならないと、私はポスティングをすることに意義を見出しています。

だから、私は政策理論を強めることよりも「畑中の本気度」を常日頃から示すことのほうが大切だと思うのです。

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フランス料理とイタリア料理の違いとは?
様々な見方がありますが、イタリア料理の歴史は古代ローマ帝国まで遡ります。
鮮度を保ったまま輸送する技術がなかったので、食材を現地で活かせる料理が根付きました。
地中海付近では魚介を、北部では乳製品を、といった具合に。

一方のフランス料理は、その起源はイタリア料理から生まれました。
イタリアからフランスに嫁いできたお姫様が、実家から専属料理人を連れてきてイタリア料理をフランスに広めました。
フランスは中央集権国家だったので、どんどん地方の食材を集め、美味しい料理を開発していきました。
こうやって見ると、イタリア料理は、地域の特性を引き出した料理で、フランス料理は、あらゆる食材を集積させた料理と大別されます。

さて、私は、自治体の政治はイタリア料理的でなければならないと考えています。
高石でしかできない事、高石ではできない事、高石でもできる事。
これらをちゃんと判断し、高石市に合った地方政治をやらねばなりません。
「武雄市みたいな図書館がいい」とか、「関東圏のような医療助成がいい」とか、「阪急沿線のようなオシャレな街がいい」とか。
それ、ぜんぶ高石ができるでしょうか?財源が足りなくなり将来にツケを回すのは明らかです。

高石で出来ることは何か?ということを突き詰めて考えた私のビジョンは、「良質な文教都市」です。
比較的治安も良い、暴力団事務所及びそれに類するものもない、スラムのような地域もない、犯罪率も低い、平均所得も高い、駅多い、私立の学校も多い、など。
他所の街から高石をみたとき「高石は教育にチカラ入れているね」と自然に言われるような文教都市、それが私の導き出す高石の将来ビジョンです。
その将来ビジョンに向かって政策を提案し、日進月歩で高石市を進化させていくことが私の大きな使命の一つととらえ、歩みを進めます。

一歩一歩、確実に。


 ◆議案審議:「広域保育が導入されるにあたり」 @保育所問題

来年度から導入される広域保育が始まると、高石市の内外問わず保育が可能になります。
とても便利なように思えますが、年度当初の待機児童がゼロの高石市からしてみれば不利になる可能性も。
(H25年度:堺市62名、和泉市48名、泉大津市38名)

例えば、隣接市の待機児童を預かることで保育所の定員が上限に達し、高石市の児童が入所できないといったことも十分に想定されます。
来年より浜寺幼稚園・清高幼稚園の認定こども園化(保育所機能を付加)にともない、必然的に待機児童は減少します。
市内の子どもだけでは定員割れの可能性も同時に発生するので、隣接市の子どもを受け入れる必要性が生じます。

そこで問題提起したのが表面化していない待機児童への対策。
第1希望の園に入所できていない、兄弟バラバラの保育所に預けているなどのケースに対応するために、新たな認定こども園の増員枠を余すことなく活用すべきです。
もちろん、他市の子どもを排除するわけにはいきません。
市内の保護者のニーズを満たしながら広域保育を導入すべきと強く訴えました。


 ◆議員提案:「議員定数が17名→16名に」 @議会改革

約1年間、懸案事項であった議員定数削減問題は1名減員という方向で決定しました。
私たちの会派(高志会)含む有志で提案していたのは「2名減」でした。
2名を減らす正当性などを求められる白熱した議論が展開されましたが、最終局面で「2名減が実現しない可能性」が確実視されるようになりました。
一方で「1名の減員なら全会一致で可決」という条件も浮上しました。

私たちは「定数が削減されないまま選挙を迎える事は絶対に阻止すべき」という理由から、口惜しさを噛みしめながらも「1名減」という妥協点を見出し、
全会一致で17名から16名への定数削減が決まりました。
2名の削減を結実させることができなかったのは、この案件に関わっていた私の戦略不足と読みの甘さによるものと自省の念に駆られる思いもありましたが、
一方で全会一致による定数削減が実ったことに対し一歩前進と前向きに受け止め、さらなる議会改革に歩みを進めます。

また、対案として提出された議員の報酬削減については、諮問機関である特別職等報酬審議会に諮ることとなりました。


◆政策提案:「分煙エリアの指定について」 @文教都市を目指して①

高石市は医療費の削減等を目的として市民が健康で健やかな生活(スマートウェルネスシティ)を営んでもらうような取り組みをおこなっています。
この取り組みの趣旨そのものには大賛成なのですが、「健幸のまち」を掲げる以上は改善しておかねばならない課題が存在します。

今回訴えたのは、通勤時の駅入り口における受動喫煙についてです。
駅付近にはご近所の方が簡易な灰皿を設置してくれているのですが、急いでるせいか煙草を完全に消さずに、そのまま煙がモクモクと漂っている現場をよくみます。
その煙をくぐりながらホームに向かうのは、大人だけではありません。
中高生も煙たそうな表情で通学しています。

これでは「健幸なまち」に相応しい市の玄関口とはいえません。
泉佐野市や西宮市では駅前を分煙指定(喫煙エリアを設置)し環境美化に取り組んでおり、市民の健康意識の向上に大いに役立っているとのことです。
高石市がまちのブランドイメージを「天女」と位置づけ、良質な住環境を発信していくのであれば、外すことのできない訴えだと考えます。


◆政策提案:「学力向上と社会を生きる力について」 @文教都市を目指して②

高石では珍しく昨年度の学力テストにおいて全ての教科・区分が全国平均を下回る結果に。
このことについて教委は重く受け止め、学校ごとでより具体的な対策を講じるとのこと。
学力テストは、公開非公開が世間の関心を呼びがちですが、その結果からの評価と分析を教委と現場がいかに共有しているかが大切。
教委と先生との問題意識の共有の必要性を訴えました。

また、私が続けている大学生のインターンシップの実体験から問題提起したのが「敬語の使い方」について。
年々、学生の「敬語の使えなさ加減」はひどくなる一方。
彼らいわく、3回生の就職活動直前に「就活面接マニュアル」のようなものを読んで、敬語やビジネスマナーを短期間で叩きこむそうです。
だから、面接本番では慣れない振る舞いで委縮してしまうとのこと。
また、経営者からも「入社時点で体得しておくべきビジネスマナーができていないから、そこから教育しないといけない」と困っており、外国人採用枠を広げる企業も増えてきています。
日本人を育てる一役を担っている小中学校でにおいて、敬語の習得に力点を置くべきだと強く訴えました。


◆政策提案:「通学区域の再編成」 @文教都市を目指して③

近くに学校があるのに遠くの学校に通わなければならないという不公平が解消されないまま40年が経過しました。
以前より校区の編成を訴えてきましたが、行政は「南海本線の高架化(平成28年度)」の時期を目途に検討を始めるとのこと。
その方向性で進めるにしても早い段階から地域の意見を踏まえながら進める必要があります。
なぜなら、校区の再編成は、恩恵を被る地域もあれば、そうでない地域も発生するからです。
全員の満足を得るのは困難だからこそ、時間と労力をかけた各地域との議論が必要不可欠です。
左記のような通学区域の不公平を解消するために早期の議論をスタートすべきと強く要望しました。

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◆政策提案:「道徳教科書の未配布問題から」 @文教都市を目指して④

新しい道徳教科書「わたしたちの道徳」が首都圏において9割ほどの学校が家に持ち帰らせていない事実が発覚し、
現場の教員の独自の判断で「不使用を決めている」可能性もあり「教育の機会均等」にならないと問題視されています。
同教科書を全て精読しましたが、素晴らしい内容ばかりです。

でも、「作っただけ」で終らせずに、現場で使い込んでもらわなければ意味がありません。
高石市での実態も把握すべきと確認したところ、「原則は持ち帰っているが、返事を書き込む作業が必要な場合は学校で預かる場合もある」とのことでした。
一安心といったところですが、更なる実態把握のためご家庭での現状を教えていただければあり難いです。

扇で例えると、竹や木でできた骨の部分が理科や数学で、要の部分が道徳だと私は考えています。
いくらお勉強ができても規範意識や互恵精神、人間力が育成されないままの社会人が増えていくと、それだけ歪な個人主義を尊重してしまう社会になってしまいます。
これからの高石市の教育に期待を込めて質問をしました。


  ◆PDFデータ(全文)

日進月歩NO12

日進月歩NO.12裏

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