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フランス料理とイタリア料理の違いとは?
様々な見方がありますが、イタリア料理の歴史は古代ローマ帝国まで遡ります。
鮮度を保ったまま輸送する技術がなかったので、食材を現地で活かせる料理が根付きました。
地中海付近では魚介を、北部では乳製品を、といった具合に。

一方のフランス料理は、その起源はイタリア料理から生まれました。
イタリアからフランスに嫁いできたお姫様が、実家から専属料理人を連れてきてイタリア料理をフランスに広めました。
フランスは中央集権国家だったので、どんどん地方の食材を集め、美味しい料理を開発していきました。
こうやって見ると、イタリア料理は、地域の特性を引き出した料理で、フランス料理は、あらゆる食材を集積させた料理と大別されます。

さて、私は、自治体の政治はイタリア料理的でなければならないと考えています。
高石でしかできない事、高石ではできない事、高石でもできる事。
これらをちゃんと判断し、高石市に合った地方政治をやらねばなりません。
「武雄市みたいな図書館がいい」とか、「関東圏のような医療助成がいい」とか、「阪急沿線のようなオシャレな街がいい」とか。
それ、ぜんぶ高石ができるでしょうか?財源が足りなくなり将来にツケを回すのは明らかです。

高石で出来ることは何か?ということを突き詰めて考えた私のビジョンは、「良質な文教都市」です。
比較的治安も良い、暴力団事務所及びそれに類するものもない、スラムのような地域もない、犯罪率も低い、平均所得も高い、駅多い、私立の学校も多い、など。
他所の街から高石をみたとき「高石は教育にチカラ入れているね」と自然に言われるような文教都市、それが私の導き出す高石の将来ビジョンです。
その将来ビジョンに向かって政策を提案し、日進月歩で高石市を進化させていくことが私の大きな使命の一つととらえ、歩みを進めます。

一歩一歩、確実に。


 ◆議案審議:「広域保育が導入されるにあたり」 @保育所問題

来年度から導入される広域保育が始まると、高石市の内外問わず保育が可能になります。
とても便利なように思えますが、年度当初の待機児童がゼロの高石市からしてみれば不利になる可能性も。
(H25年度:堺市62名、和泉市48名、泉大津市38名)

例えば、隣接市の待機児童を預かることで保育所の定員が上限に達し、高石市の児童が入所できないといったことも十分に想定されます。
来年より浜寺幼稚園・清高幼稚園の認定こども園化(保育所機能を付加)にともない、必然的に待機児童は減少します。
市内の子どもだけでは定員割れの可能性も同時に発生するので、隣接市の子どもを受け入れる必要性が生じます。

そこで問題提起したのが表面化していない待機児童への対策。
第1希望の園に入所できていない、兄弟バラバラの保育所に預けているなどのケースに対応するために、新たな認定こども園の増員枠を余すことなく活用すべきです。
もちろん、他市の子どもを排除するわけにはいきません。
市内の保護者のニーズを満たしながら広域保育を導入すべきと強く訴えました。


 ◆議員提案:「議員定数が17名→16名に」 @議会改革

約1年間、懸案事項であった議員定数削減問題は1名減員という方向で決定しました。
私たちの会派(高志会)含む有志で提案していたのは「2名減」でした。
2名を減らす正当性などを求められる白熱した議論が展開されましたが、最終局面で「2名減が実現しない可能性」が確実視されるようになりました。
一方で「1名の減員なら全会一致で可決」という条件も浮上しました。

私たちは「定数が削減されないまま選挙を迎える事は絶対に阻止すべき」という理由から、口惜しさを噛みしめながらも「1名減」という妥協点を見出し、
全会一致で17名から16名への定数削減が決まりました。
2名の削減を結実させることができなかったのは、この案件に関わっていた私の戦略不足と読みの甘さによるものと自省の念に駆られる思いもありましたが、
一方で全会一致による定数削減が実ったことに対し一歩前進と前向きに受け止め、さらなる議会改革に歩みを進めます。

また、対案として提出された議員の報酬削減については、諮問機関である特別職等報酬審議会に諮ることとなりました。


◆政策提案:「分煙エリアの指定について」 @文教都市を目指して①

高石市は医療費の削減等を目的として市民が健康で健やかな生活(スマートウェルネスシティ)を営んでもらうような取り組みをおこなっています。
この取り組みの趣旨そのものには大賛成なのですが、「健幸のまち」を掲げる以上は改善しておかねばならない課題が存在します。

今回訴えたのは、通勤時の駅入り口における受動喫煙についてです。
駅付近にはご近所の方が簡易な灰皿を設置してくれているのですが、急いでるせいか煙草を完全に消さずに、そのまま煙がモクモクと漂っている現場をよくみます。
その煙をくぐりながらホームに向かうのは、大人だけではありません。
中高生も煙たそうな表情で通学しています。

これでは「健幸なまち」に相応しい市の玄関口とはいえません。
泉佐野市や西宮市では駅前を分煙指定(喫煙エリアを設置)し環境美化に取り組んでおり、市民の健康意識の向上に大いに役立っているとのことです。
高石市がまちのブランドイメージを「天女」と位置づけ、良質な住環境を発信していくのであれば、外すことのできない訴えだと考えます。


◆政策提案:「学力向上と社会を生きる力について」 @文教都市を目指して②

高石では珍しく昨年度の学力テストにおいて全ての教科・区分が全国平均を下回る結果に。
このことについて教委は重く受け止め、学校ごとでより具体的な対策を講じるとのこと。
学力テストは、公開非公開が世間の関心を呼びがちですが、その結果からの評価と分析を教委と現場がいかに共有しているかが大切。
教委と先生との問題意識の共有の必要性を訴えました。

また、私が続けている大学生のインターンシップの実体験から問題提起したのが「敬語の使い方」について。
年々、学生の「敬語の使えなさ加減」はひどくなる一方。
彼らいわく、3回生の就職活動直前に「就活面接マニュアル」のようなものを読んで、敬語やビジネスマナーを短期間で叩きこむそうです。
だから、面接本番では慣れない振る舞いで委縮してしまうとのこと。
また、経営者からも「入社時点で体得しておくべきビジネスマナーができていないから、そこから教育しないといけない」と困っており、外国人採用枠を広げる企業も増えてきています。
日本人を育てる一役を担っている小中学校でにおいて、敬語の習得に力点を置くべきだと強く訴えました。


◆政策提案:「通学区域の再編成」 @文教都市を目指して③

近くに学校があるのに遠くの学校に通わなければならないという不公平が解消されないまま40年が経過しました。
以前より校区の編成を訴えてきましたが、行政は「南海本線の高架化(平成28年度)」の時期を目途に検討を始めるとのこと。
その方向性で進めるにしても早い段階から地域の意見を踏まえながら進める必要があります。
なぜなら、校区の再編成は、恩恵を被る地域もあれば、そうでない地域も発生するからです。
全員の満足を得るのは困難だからこそ、時間と労力をかけた各地域との議論が必要不可欠です。
左記のような通学区域の不公平を解消するために早期の議論をスタートすべきと強く要望しました。

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◆政策提案:「道徳教科書の未配布問題から」 @文教都市を目指して④

新しい道徳教科書「わたしたちの道徳」が首都圏において9割ほどの学校が家に持ち帰らせていない事実が発覚し、
現場の教員の独自の判断で「不使用を決めている」可能性もあり「教育の機会均等」にならないと問題視されています。
同教科書を全て精読しましたが、素晴らしい内容ばかりです。

でも、「作っただけ」で終らせずに、現場で使い込んでもらわなければ意味がありません。
高石市での実態も把握すべきと確認したところ、「原則は持ち帰っているが、返事を書き込む作業が必要な場合は学校で預かる場合もある」とのことでした。
一安心といったところですが、更なる実態把握のためご家庭での現状を教えていただければあり難いです。

扇で例えると、竹や木でできた骨の部分が理科や数学で、要の部分が道徳だと私は考えています。
いくらお勉強ができても規範意識や互恵精神、人間力が育成されないままの社会人が増えていくと、それだけ歪な個人主義を尊重してしまう社会になってしまいます。
これからの高石市の教育に期待を込めて質問をしました。


  ◆PDFデータ(全文)

日進月歩NO12

日進月歩NO.12裏

泉北環境組合の監査を拝命する予定(・・・正式には明日)です。

私が監査で留意している点は「厳しくチェックし過ぎて現場の負担を必要以上に作らない事」です。
厳しくしようと思えば、いくらでも厳しくすることは可能です。

監査の事務局は、もちろん公務員なので自治体規模が違えばチェック体制の規模も自ずと変わります。
高石市では「監査委員2名」につき事務局が5~6名体制ですが、
泉北環境組合では「監査委員2名」につきたったの1名。
そこで、高石市と同じようなチェック体制を事務局に求めても、
結局は事務局の負担が過大になってしまい、本来すべきチェックが疎かになります。

とは言いつつも、「忙しくてできませんよ」という言い訳に唯々諾々としていてもいけません。
負担を強いてでも、内部統制を強化すべき時もあります。
ならぬことは、ならぬものなのです。

監査をするなら、ここの見極めが実に肝腎なところ。

この見極めができていて深刻な不備が起こってしまったとき、それは「チェック体制の甘さ」だけではなく、「その事務を処理するうえでの適正な規模でなかった」というそもそもの原因も考えねばなりません。

たとえば
決定的に残念な元兵庫県議の件で、議会事務局を責め立てるなら、89名もの政務活動費の領収書をチェックする事務局の適正規模も同時に考えてあげるのが、問題解決のための筋だと私は思います。

「何某当時倹約を細かに仕る由申し候へば、よろしからざる事なり。
水至って清ければ魚棲まずと云ふことあり。
およそ藻がらなどのあるにより、その蔭に魚は隠れて、成長するものなり。
少々は、見逃し聞き逃しある故に、下々は安穏なるなり。
人の身持ちなども、この心得あるべき事なり。」

山本常朝「葉隠」より

かねてよりの懸案事項であった議員定数削減問題が、1名減員というカタチで決定いたしました。

私たちが提案していた「2名減員」という提案は実を結びませんでしたが、定数削減という方向に一歩でも前進したことはポジティブにとらえております。

さて、なぜ「2名減→1名減」へと変更されたのかを説明しなければなりませんが、今までの経緯を整理しながら説明させていただきます。

 

1.平成25年09月議会・・・議員定数削減について議論する場を検討し始める
2.平成25年12月議会・・・「議論する場」が決まらず、次の議会で「2名減員の定数削減案を提出します」と宣言する。
3.平成26年03月議会・・・クリア高石さんから議員報酬削減の対案が提出される。
4.平成26年03月議会・・・定数も報酬も「議論不足」ということで継続審議に。
5.平成26年04月議運・・・定数、報酬の各会派の意見がブレストされる。
6.平成26年05月議運・・・定数、報酬について各会派の忌憚ない討議がなされる。
7.平成26年06月議会・・・定数も報酬もこのまま採決にいけば、どちらとも結実されない可能性が生じてきたので、議員全員の妥協点を以下のような結論として見出す。
※議運とは議会運営委員会のことです。

〇 定数削減、報酬削減はどちらとも一旦、撤回
〇 その後、報酬については特別職等報酬審議会に諮問するよう市長に要望
〇 定数については、1名の定数減を全会一致で可決させる

という結果に至りました。

私たちとしては、2名減員が果たせなかったこととして、悔しい気持ちと市民への申し訳ない気持ちが同時に押し寄せてきました。

個人的には悔しさを残す結末ではありますが、全体的にみれば議員全員が定数減に賛同をしたということにおいては有難い結末でもあると、相反する感情が私の心中を去来しているのも事実。

無理やりに採決に持ち込んで定数削減が結実されないよりも、これにより一歩進んだとポジティブに捉えております。

副産物としてですが、上記の経緯の「6.定数、報酬について各会派の忌憚ない討議がなされる。」の場面において、各会派の議員が本当の意味で忌憚のない討議がおこなわれました。
「定数・報酬のあり方」「市民から信頼される議会とは」「通年議会について」「削減効果額の使途について」など、ここでは書ききれないほどの議会改革についての意見が飛び交いました。
今までにも、やったことのないような議員同士の白熱した議論ができたことは、今後の高石市議会の成長の兆しを私は感じました。

いずれにせよ、市民から「議員の数なんて半分ぐらいでいいんじゃないの?」と言われているのが現状です。
そんなことをしてしまうと結局は市民にとって不利益を被る結果となるのですが、それを伝えきれていない私たち議員にも責任があります。

「市民から信頼される議会」
この目標をあらためて共有し、今後も高石市議会は目標達成にむけて歩みを進めていけると思います。

私は若手議員らしく、その先頭に立って旗を振っていきたいと考えています。

広域保育という波に負けないように市内の子ども達の保育を護るべきです。

 


 

■  広域保育とは

高石市で保育所を希望する子ども達は、市内の保育所でのみ預けることができていて、
市外の保育所に預けることは今まで不可能でした。

例えば、
高石市在住で堺市にお勤めのお母さんが、高石市で預けれる保育所は駅からも家からも遠い保育所にしか預けることができなくて、勤め先の堺市の保育所に預けたいという場合、
堺市には預けることができませんでした。
もちろん、堺市在住の高石市にお勤めの・・・場合も然り。

パッと見たところ、保護者の色んなニーズに対応していないように見えますが、そんな簡単な話ではありません。

これを改善しようとすれば、もちろん堺市さんの児童も高石市で受け入れなければなりません。
「そりゃあ、お互い様だから・・・」と思われるかも知れませんが、
ここで留意すべきは待機児童の発生具合です。

高石市は、ほとんど年度初めの待機児童を発生させていません。
これは児童の減少によるものだけではなく、素直に行政の努力によるところもあります。
一方で、高石市を取り巻く隣接自治体は待機児童を発生させ続けています(以下、参照)
この状態で市外の児童を受け入れると・・・
待機児童ゼロの高石市が、他市の待機児童(になるであろう)児童をお預かりし、
高石の児童が待機状態になってしまいます。
それではいけません。

その逆転現象を防ぐために、高石市は市内でのみ保育をおこなってきました。いわゆる鎖国状態です。

しかし、来年から大阪府より開国を迫られ、高石市も広域で保育を考えなければならなくなりました。

これが、広域保育に踏み切らざるを得なくなった背景です。

 

※参考・・・平成25年4月時点の待機児童(隣接市)

和泉市:48名 泉大津市:38名 堺市:62名 高石市:0名


 

■  私立幼稚園の認定こども園化で供給過剰に

認定こども園とは、幼稚園と保育所のドッキングした施設です。
高石では取石認定こども園が開園しており、来年度から浜寺幼稚園が認定こども園への移行が予定されています。
さらに今回の6月議会で清高幼稚園が認定こども園へ移行するための議案が審議されています。

私立幼稚園が認定こども園になると、以下のおもな保育所機能が加えられます。

1.0歳児~2歳児の保育
2.長時間保育

とすると、市内の保育所を希望する需要が一定満たされますので、供給が過剰になります。

供給が増えるので広域保育をしたからといって、殊更に待機児童が発生するという事はありませんが、それもどんな広域保育をするのかという役所の方針次第。

そこで、堅持してほしい私なりの方針を提案したのが、今回の6月議会です。

 


 

■  認定こども園と広域保育を活用して旧定義の待機児童解消へ

理解するのに、まずは待機児童の「新定義」という用語をご理解ください。

「新定義」とは、
①ほかに入所可能な保育所があるにもかかわらず、特定の保育所を希望して待機している場合、
②認可保育所へ入所希望していても、自治体の単独施策(認可外保育施設や保育ママ等)によって対応している場合―これらを待機児童数から除くとしているもの、
をいいます。

つまり、今の待機児童の定義には、
「入りたい保育所に入れず、やむを得ず遠くの保育所や認可外保育所にかよっている」とか
「満員のため兄弟が別々の保育所にかよっている」とかの場合は含まれていないのです。

私は、新定義ではない待機児童、つまり旧定義の待機児童の解消が保護者のニーズに一定お答えするものであると考えています。

ケーススタディしてみます。

あなたの娘は3歳で保育所にかよっています。
入所希望を出したのは、第1希望が家に近い羽衣保育所、第2希望が家から遠い南海愛児園でした。
残念ながら、第1希望の羽衣保育所がはずれ、現在、第2希望の南海愛児園にお世話になっています。
そこで、来年から浜寺幼稚園が認定こども園になるので、希望を変えて提出したとします。
第1希望が羽衣、第2希望が浜寺、第3希望が愛児園といった具合に。
しかし、またもや、残念ながら、第3希望の愛児園にしか入所が決まりませんでした。
さて、数か月が経過して、保育所の定員が増えます。
(※年度当初から較べて児童の状態を見ながら定員を増やしていくケースが多々あります)

そこで、問題になるのが広域保育です。
第1希望と第2希望に外れているのに、隣の市の子どもが高石市民であるあなたの希望する保育所に(増えた分の定員枠に)先に入られたらどうでしょうか?
これでは不公平です。
しかも、保育所はその大部分が高石市民の税金により運営されているものです。

これを防ぎ、かつ、増加した保育の供給部分において、「まずは、第1希望の施設に通えていない市内の児童を優先的に通わせてほしい」と提案しました。
そのうえで、市外枠があれば、他市の児童も通っていただくことで公平性は担保されます。

どころか、認定こども園が増えたことにより、保護者のニーズも充足させることに繋がります。

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広域保育を開国に例えましたが、待機児童ゼロの高石にとっては不利な条件がやはり目立ちます。

しかし、市同士でもっと連携して大所高所にたって待機児童ゼロを果たしていくことも一方で大切な社会的使命でもあります。
我田引水、綱の引っ張り合いばかりしているから、日本の地方は発展しないとさえ考えます。

地方分権がもっと進めば、こういった「自分の街には不利だけど・・・」とか「他市の街には不利だけど、自分の街からすれば有利だから・・・」というケースは、これからたくさん生じます。

自分の街の利と他市の利が一致しない時にこそ、どうやって調整するかが今後とわれる政治力のひとつとなってくるでしょう。

今回の広域保育は、そういった意味で議員・職員ともに良き試金石になったとポジティブに捉えています。

午前中のふれあいスポーツ大会に出席させてもらってからは、
泉北いきいきの郷での収穫祭に家族で伺いました。

9歳までは感性教育を、
10歳からは知識教育を中心に、という持論のもと、
今のうちに色んな体験を通して感性を養って欲しいと考えています。

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「育てる」という過程があればもっといいのですが、
それでも「土に触って、玉ねぎ引っこ抜いて、食べる」という一連の流れを体験することで、
食べるという当たり前のことに感謝の気持ちを持って欲しい、
そんな思いで家族で収穫祭を楽しみました。

また、厚労省と農水省で「自然農法と健康維持」について先進的に研究をされている方からのお話も聞けて、
高石市に「市民農園×スマートウェルネス」という落とし込みの可能性も模索してみようと思いました。

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そして、なんといっても自然農法で育てられたサラダは格別!
サラダバー方式なので、参加者の方々は何度もおかわりしてました(^_^)

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夜は泉大津市議、南出インターン生の立志式にお邪魔しました。
南出さんには本当に良質な刺激を与えてもらっています。
今晩もそう。
学生の志を拝見する場でしたが、何度も自分の志を問い直す場ともなりました。

イタリア料理とフランス料理の違いについて。

イタリア料理とは、パスタ?素材?オイル?
フランス料理とは、フォン?ソース?バター?

色んな見方がありますが
イタリア料理の歴史は古代ローマ帝国まで遡ります。
鮮度を保ったまま輸送する技術なんてなかったので、
現地の食材をそのまま活かせる料理が根付いていったようです。
地中海付近では、魚介を中心に。北部では、乳製品を中心に。
といった具合に、地産池消の原理ともいえるような形で発展していったのがイタリア料理でした。

一方のフランス料理は、その起源はイタリア料理から生まれたものです。
ルネサンス期にイタリアからフランスに嫁いできたお姫様が、
実家から専属料理人を連れてきてイタリア料理をフランスに広めていきました。

フランスは中央集権国家だったので、どんどん地方の食材を集め、
美味しい料理を開発していきました。

こうやって見ると、
イタリア料理は、地域の特性を引き出した料理
フランス料理は、あらゆる食材を集積させた料理
と、私は分けています。

さて、ここまで長々とウンチクを書いている理由はというと、
私は、高石の政治はイタリア料理でなければならないと考えています。

高石でしかできない事、高石ではできない事、高石でもできる事。
これらをちゃんと判断し、身の丈に合った地方政治をやらねばなりません。
「武雄市みたいな図書館がいい」とか
「関東圏のような医療助成がいい」とか
「阪急沿線のようなオシャレな街がいい」とか。
それ、ぜんぶ高石でできますか?
いいえ、ムリです。

高石で出来ることは何か?
ということを突き詰めて考えた私のビジョンは、
「良質な文教都市」なんです。

生活保護率も低い、平均所得も高い、暴力団事務所及びそれに類するものはない、スラムのような地域もない、犯罪率も低い、駅多い、私立の学校も多い、など。

高石市で良質な教育を受けることのできる環境を整備することこそが、イタリア料理の歴史から学んだ私なりの解答です。

そして、これからの地方政治はこの概念を外しては存続なんてできないでしょう。
そして、フランス料理的ともいえる「ヒト・モノ・カネ」が集積している東京一極集中を解消する。
これが日本の将来を考えたうえで、都会と田舎が生きていける抽象的概念です。

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率先垂範として、
外に食材の調達に行かずに、畑中家の冷蔵庫に牛乳とツナとシメジがあったので、イタリア料理的にいつものイタリア料理で昼食(^ω^)

なにも「フランス料理けしからん!」と主張しているわけではございませんので、誤解なきよう・・・。

幾日か前から首のリンパ腺あたりがボコっと腫れ上がってたのですが、案の定、今朝から高熱出しちゃいましたm(_ _)m

本日の予定は急遽キャンセルさせてもらいました。
関係者のみなさま、本当に申し訳ありませぬm(_ _)m

さいきん、睡眠時間が3、4時間しかとれない日々が続いていました。
仕事やら会食やらで就寝が遅くなるのは致し方ないのですが、何の用もない日もなかなか寝付けない有様でした。
タフさが要求される案件がいくつかあったので、精神的なものが原因なんでしょう。

これでは、政治家としてあきませんね。

私とは比べ物にならないほどの重圧でせめぎ合っている国会議員の方々。
政治家でなくとも、社員の生活を背負っている経営者の方々。
「リーダーシップ」とかが必要とされる方々は、大小あれど色んな圧力と闘っているわけで。
辛かろうが、苦しかろうが、潰されれば言い訳なんてできないわけで。

自分の鈍感力をもっと鍛えないとあきません。

そんななか、日進月歩の前号を高覧いただいた方から寄せられたお手紙。
議員になりたてのときは苦情や嫌がらせの内容もあったものの、最近はほとんどが背中を押してくれるような内容ばかり。
「もしや、これがファンレターなるものか!?」と
一瞬舞い上がったものの、調子に乗ってはいけませんね。

まだまだ筆の使い方もなっちゃいませんが、
お返事を書かせてもらうたびに少し・・・いや、かなり元気をもらいました。

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本当に有り難うございます。

市政報告会&第9期インターン立志式。

午前中に、泉佐野市議の布田候補の出陣式を見学し、その後、東大阪市の枚岡神社で学生たちと禊をすませ、準備万端でのぞみました。
とくに学生は昨夜は念入りに練習をしていたため45分しか睡眠できなかったとか・・・。

前半は、私の市政報告で「人口減少問題」と「議員定数削減問題」について所見を報告しました。
人口減少問題は「減少していること」よりも「減少している理由を分析せず、打開策も検討しない」ことが問題だと指摘をしました。
そのうえで、私はまずはマーケティング戦略を練ることが必要だと強調。

隣の堺市ができることを高石市がそのままマネしていても、勝負になりません。
本田選手が長友選手になれないように。
高石市が勝負できることを見据えて集中投資しなければなりません。
そのために必要なのがマーケティングということを訴えました。

また、議員定数削減について、今までの経過とこれからの方向性を述べました。
単なるパフォーマンスでは終らせたくないということ、定数削減への想定される反論に対する理論武装、そもそも議会とは・・・というところまで、幅広く議論させていただきました。

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後半は、立志式。
学生3人がそれぞれインターンに来てからの「ビフォーアフター」を述べて、これからの自分の指針を発表しました。
立志というと、本来なら「〇〇という職業で頑張ります!」という発表かも知れませんが、畑中インターンにおいてそれは二の次、三の次。
「なりたい職業」よりも、まずは「人間力を磨かないと社会では通用せん」という考えのもと、人間力をひたすら高めあうことを意識してやってきました。

弁護士、医者、教授、公認会計士、経営者とか同世代の友人が活躍していますが、少しの壁が立ちはだかると逃げてしまい、「自分には向いていなかったんだ」と自分の可能性を阻めます。
そんな現実をみてきたからこそ、まずは「中身を鍛えたい」という思いで、インターン生を受け入れています。

彼らは本日で畑中インターンを卒業しますが、それで成長が終わりではなく、ここからがスタートであると意識を強め、一層の自己成長を遂げてもらわねば困ります。

総括は泉大津市議の南出議員に託しました。
南出議員とはほごろからインターン生同士の徹底討論で切磋琢磨させてもらっている間柄。
学生の今後に向けて、そして、市民の皆さんへインターン生を受け入れる意義をお話してくださいました。

そのための立志式。

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あらためて、お越しいただいた皆様、有難うございました☆

ポスティング7日目。

青空フリマからの、午後からの出撃。
今日は、インターン生も手伝ってくれました。

おもえば、彼らの活動初参加日が3か月前の吹雪の日。

(↓before)
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(↓after)
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この3か月で彼らが何に気付き、何を見出したか。
小手先だけの成功体験や技術を学んだところで、志に気付かなければ何の意味もありません。
ソフトが本当に役立つのはハードがしっかりしているからです。

彼らが強く美しい日本人として活躍してほしいという思いで、この3か月を一緒に過ごしました。

5月11日は彼らの立志式。
もうひと踏ん張り、頑張りましょう。

ポスティング6日目。
途中から松本(善)議員が参戦し、高志会タッグで羽衣駅をお騒がせしました(#^^#)

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私が時間とお金をかけて駅に立ったり、ポスティングをするのは、本来あるべき政治家像をお示ししたいからです。

そのひとつは、「政治家は選挙の前だけ頑張ってるんじゃない」ということです。

「選挙1年前になったから頑張ってるねんな」とよく言われるようになりました。
そんなイメージを打ち破りたいから、前の選挙が終わった直後から、駅頭とポスティングを私は始めました。

「申し訳ありませんが、選挙直前ではなく、4年間ずっと頑張ってやってきましたよ」
という自分なりの意地でもあったのです。

しかし、そんなお言葉を頂戴してしまいました。
4年間やり続けても「意識は変えることはできないのか」と打ちのめされた感覚が私をおそいました。
それがすごい悔しくて。

しかし、意識を変えるのは並大抵のことではありません。
諦めたら、そこで試合終了です。

世の中を良くするのも悪くするのも政治家です。
その政治家を選ぶのは有権者です。

私たち政治家は当然のこと、有権者の意識も変えていかねばなりません。

私はあきらめずに、しぶとく続けます。

そう再認識させられた一日でした。

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