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さて、本日ようやく決算委員会が閉会。

高石は、予算委員会・決算委員会ともに、全議員が参加メンバーとなるので、それぞれの意見が反映されるとともに、かなりタフな審議になります。

明日からは、一般質問に入っていく予定です。

 

■ ■ ■ ■ ■

 

9月で第6期インターンも終了です。

しかし、それは形だけ。

インターン生は遣り残した政策課題があるとのことで、9月以降の授業が始まってからも、休日を利用して、彼らは汗を流してくれます。

そんな彼らがブログを立ち上げてくれました。

また、遊びに来て下さい。

畑中インターン公式ブログ

 

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この2カ月で、かなり鍛えたつもりです。

それは、単なる政策的な知識だけではなく、主体性を確立すること、コミュニケーション能力やディベート能力を向上させること、公徳心を養うこと、そして、レベルの高い有権者になること、です。

 

誤解を招きやすい表現ですが、決して、今の有権者のレベルが低いということではなく、政治家のレベルアップは有権者のレベルアップなくして実現し得ないからです。

 

地方分権で、将来、必ず、地方議員(特に市町村)は、変革に迫られます。

同時に、それらを選択する有権者も責任が大きくなります。

 

これからは、何か問題が起きても「国のせい、府のせい」にはできなくなるでしょう。

市が、判断し、行動主体となっていかねばならいのですから。

 

そして、その影響を被るのは、政治家ではなく、有権者なんです。

中世フランスでは、失政をおこなった政治家はギロチンで首を跳ねられましたが、

現代日本では、失政をおこなわせたということで有権者にも、自己責任という名のもとに、責任を被らせる仕組みとなっています。

 

そのために、絶対に必要なのが、有権者のレベルアップなんです。

 

政治リテラシーが鍛え上げられた人材を、一人でも多く世に輩出させ、

彼らが政治家を見抜き、愚かな政治家は淘汰し、胆力と智慧のある政治家を作っていくことが、少しでも日本が良くなる道だと、私は信じています。

私は、そのためにインターン生を受け入れており、将来に責任をもつ若手議員の責務であると思っています。

 

 

まだまだ、これからも受け入れをし続けますので、ポスティング中や駅立ち中にでも、見かけたら声でも掛けてあげて下さい。

 

彼らの、真っ直ぐで美しい眼差しに、私も初心を思い出すのです。

彼らの、愚直で直向きな姿勢に、少し羨ましくも思うのです。

本日は9月議会に向けての議会運営委員会でした。

委員会の中で、前期から私たち(無所属市民ネット時代)が提案していた議会を透明化するための提案について議論がされました。

内容は、傍聴者への資料の配付・委員会の同室傍聴・議会のインターネット配信(中継)・議会だよりの充実です。

もちろん、こういった提案は私たちが初当選する前の過去から議論&実現されてきているので、提案に提案を重ねて議論されているというのが実情です。

 

今日の段階では、傍聴者への資料(議案)の配付が、議会事務局前(3階西側ロビー)にて試験的に行われることになりました。

前期においては「1階に全ての資料を閲覧用として置いて欲しい」という提案もしていましたが、資料を置く以上、その管理も職員がしなければなりません。

「市民を信用して・・・」という意見もありましたが、管理というものは性善説で考えてはならないもの。とりあえず、今回の試験的な実施が第一歩として進めたことに嬉しく思います。

 

また、残りの提案事項は財源の確保が求められてきています。民間でも行政でもそうですが、必要かどうかではなく、その事業にかけるべき費用かどうか(費用対効果)を考えて、実施していかなければなりません。

そのために、次の議会までに一定の考え方を示すということとなりました。

 

そして、他の委員さんからもペーパーレス化や電子機器の持ち込みなど、様々な提案がされました。

議会全体が活性化してきていることに嬉しさを覚えました。

 

しかし、同時に、私の提案もそうですが、「どういった議会にすべきか」というビジョンをこれから描いていく段階に迫ってきているとも感じました。

選挙のたびに議員は変わるので、固定的なビジョンは描けないにしても、開かれた議会なのか、活発な議論のできる議会なのか、政策提案型の議会なのか、それぞれの目指す志向によって果たすべき役割も自ずと変わってきます。

 

行政は民間に比べて、意識や感覚が遅れていると言われます。

しかし、議会はそれ以上に遅れていると言われています。

 

時代の流れに合わせたニーズに応えるために変えるべきものは変えれるような柔軟な姿勢であって、かつ、ビジョンに向かってブレない、竹のように撓る組織にしていかなければなりません。

 

■ ■ ■ ■ ■ ■

 

さて、9月議会ですが、(私が考える)主な内容をご紹介します。

 

1点目が、第五次財政健全化計画です。8月臨時議会では説明を受けるのみだったので、今回の9月議会で質問をさせていただきます。議決事項ではないので、賛否を表す意思決定は議会としてできないのですが、高石の未来にツケを残すのかどうかの大切な計画です。自分の思いを存分に注入できるよう、ここ数日、机に向かっています。

 

2点目は、決算です。市の決算は、331日までの会計年度で、その後531日までの出納閉鎖期間を経過し、監査委員に決算審査され、9月議会に決算書として出されてきます。

決算を審議する委員会での議論が、来年度の予算に影響するために重要な審議の場であるにもかかわらず、12月議会などで審議されている自治体もあるそうです。ですので、原則、決算委員会は早ければ早い方がいいのです。

高石は去年までは、11月に決算委員会を開催していましたが、今年から繰り上げて9月議会で試験的に審議することになりました。これも議会として一歩前進です。もっとも近隣自治体で採用している市町村も割と増えてきています。

ちなみに、私は監査委員で、8月に決算審査をおこなったので、今回の決算委員会では発言できません。もちろん、当然と言えば当然なのでが、なんか淋しい気もします(*_*)

 

3点目は、補正予算です。防災関連の予算が目立っているように思えます。これも、それぞれ十分な議論がされると思います。

 

以上が、9月議会の主な内容です。

会期日程は26日までとなっています。

 

先週末は、東京で全国若手議員の会の総会・研修会でした。

 

研修会の講師は、何度か高石にも足を運んでいただいている逢坂誠二衆議院議員。話も巧く、理論も整理されていて、国会議員には珍しく聞き応えのある講演をしてくれました。

 

 以下、内容です。

 

1.    目的意識のない議員は辞めるべき

若手議員を目の前にして、「みなさん、目的はありますか?無いなら、すぐお辞め下さい。」と、開口一番、刺戟を与えてもらいました。

いや、当然のことなんです。

この前のブログにも書きましたが、「議員になることが目的の議員」が余りにも多く、ましてや、若手議員のなかにも増えてきているのが実情です。

 

そして、まちづくりにも理念や目的がないから失敗例が多い、というコト。

現在のまちづくりをするうえで行政がしてしまっている失敗は、「近視眼的、かつ目先の課題に追われ過ぎている」ことです。高石市も同じように。

そういった目先の課題解決も大切なんですが、将来を展望し、どのような理念をもって、どのような哲学を埋め込んで、縦の軸をしっかりと通したまちづくりが求められています。でないと、ブレます。

 

これを町長時代の経験則から語られる逢坂議員の講話は、非常に地に足着いた理論で、納得できるモノでした。

 

2.    原子力の問題

想定されていた事以外の事態が発生したが、以前から警鐘を鳴らしていた学者はいた。原子力というものは、理論上は、人間が利用可能になるエネルギーだが、これから莫大な時間が必要となる。

最終処理もできていないような状態で、このまま原発を政策的に進めるのはあまりに暴力的。

また、代替エネルギーも確立できていないのに、すぐさま原発を止めるのも、それも暴力的。

国民的議論が必要。地域の実態を把握して、国家レベルで大きな方針をたてるべき。

 

とのこと。

段階的に脱原発は進めていくべきであるが、短絡的な「原発=悪」という論は、あまりに飛躍された結果に陥る危険性があります。

 

原発の何がいけなくて、何が安全なのか。

どういう総括をして、未来に対してツケの残さないエネルギー政策を引き継ぐのか。

特に、完璧安全主義ともいえる福嶋みずほ症候群が蔓延しつつあるなか、十把一絡げに問題解決を行うのではなく、しっかりと善悪を精査したうえで取り組んでいくべきです。

ヒステリックにならず、誠実に。

 

3.    そもそも政治とは?

政治とは、社会で合理的解答のない領域を扱う分野。

だから100%の賛成は得られない。

だから批判されがちなもの。

 

私も政治とは何か。を考えるときに、「そもそも政治が必要かどうか」という掘り下げを行い、ゼロベースで考察します。

その考察の経緯のなかで、市場や社会が手を伸ばさない領域を政治が補完すべき領域なんだ、と考えています。

そうすると、政治の役割は二つに分かれます。

 

一つは、必ず存在しなければならない政治。

一つは、民の社会性・利便性を向上させる政治。

 

前者は、生活保護などの最低限の福祉や警察、国防などの治安分野

後者は、道路敷設や子育て支援など

 

この優先順位はもちろん前者です。前者を怠って後者を優先するならば、それは悪政ということであると判を押します。

この政治哲学の背骨がなければ、政治家としてブレます。

改めて、自分の背骨である政治哲学と向き合いました。

 

4.    そもそも民主主義とは?

民主主義とは単なる多数決による決定ではなく、政策決定に至るまでの形成段階において多角的な意見を盛り込んで、決定していくことにある。

 

おそらく自治体としての民主主義の「使い方」がそうなんだと思います。

 

私は少し違って、

日本の民主主義は、どこかの知らない誰かにコントロールされており、自分たちは民主主義なんだと盲目的に満足させられている高度な共産主義的な構造にあると思っています。

この考察を話せば長くなるので、また改めてアップしたいと思います。

 

この意識を変えていくには、ボトムアップしかありません。

少数派の意見を衆知として止揚させ、住民意識から変えていくことでしか可能性を見いだせていません。

それほど、難しい壁だと思っています。

 

何でもそうですが、上だけ変えても何も変わりません。

下から引っ繰り返すぐらいのことをしなければ。

 

5.    国を変えるのは地方から。

最後に有難いことを仰ってくれました。

国の礎は地方。

地方が元気がでなければ、国も元気がなくなる。

そのなかに、理念と目的意識をもって取り組んで欲しい。

 

「言われなくても」というぐらい我々が責任と覚悟を持っていなければならないものを、衆議院の方から鼓舞されたのは嬉しかったことです。

 

  非常に勉強になりました。

  だけではなく、理論もエネルギーも肥えさせてもらった時間でした。

 

議員の勉強会というものは、たくさんあります。そして、その研鑽を積む議員同士の組織もたくさんあります。

 

私自身も、関西若手議員の会、関西圏政治研修会、大阪府教育改革の会、関西若手議員決起の会、竜馬プロジェクト、関西州政治連盟と、議員同士の組織に入らせてもらっています。

 

ここで、何をするか。

それは、ネットワークづくりや政策研究、要望活動など、多岐にわたります。

 

 

そんな組織の中で、私にとって特別な存在の組織が林英臣政経塾という場所なんです。

 

3年前、高石市議会で自分の思い通りにいかず、市民の期待にも応えられない。政治家として、どう進むべきかわからない、というような悩みを抱えている時期に、この塾に出逢いました。

 

その塾では、政治家としての政策形成能力やスキルを磨くのではなく、

政治家としての大局観や思想哲学、人間力、己の心胆を鍛える場所でした。

 

私に足りていなかったのは、そんな精神面であると、気付かされました。

 

 

 テレビや新聞の向こう側で醜態を曝し続けている、あの勇気ある国会議員たちは、おそらくある程度は「優秀」なはずです。「政治のお勉強」という点では。

 

 にもかかわらず、なぜ、この国は一向によくならないのか?

 

 それは、

彼らの為すことが大局観に捉われない近視眼的なもので、

思想哲学が注入されていないからブレブレの政策になってしまい、

人間力、心胆が鍛えられていないから一部の世論を気にして迷走してしまうのだと思います。

 

でも、今までは、それで何とかこなせていたんだと思います、平時は。

 

これからは、違います。

この国は、まだまだ混迷を迎えると思います。

 

そんな時代を生き抜く政治家に求められるのは、上に記述した、従来の政治家にはないものです。すなわち、大局観であったり、思想哲学であったり、人間力であったり。

 

 

私は、それを林英臣政経塾で学びを深め、同じ感度をもった同志たちと切磋琢磨し合っています。

 

そのような毎月の学びが、中途半端に悩んでいた恥ずべき私の殻をむいてくれて、成長させてくれます。

 

そんな自己成長も大切ですが、私と同じように当塾に思いを込められている同志と切磋琢磨し合うことも、また、大切な時間です。

 

色々な意味で、私にとって、この塾は、特別な存在なんです。

地元の盆踊りでした。

 

夜に友達と遊べるからか、この雰囲気が楽しげなのか、

子どもたちが楽しんでくれています。

 

その子どもの笑顔を作ってるのは、炎天下の中、櫓を組んだオッチャンたちや、堤燈を作ってくれたお母さんたち、老人会の皆さんです。

 

いつか、その当たり前の有難さが分かって、大人になったら、引き継いでくれたらいいのに。そして、その子どもたちが喜んでくれたらいいのに。

 

■ ■ ■ ■ ■ ■

 金曜日は、関西若手議員の会の勉強会でした。

内容は、

・大阪府の教育委員会の動向

・文部科学省から新学習指導要領について

・同じく文科省から熟議について

 

議員としての基礎体力は「智慧」です。

 

行政をチェックするにも、政策提案するにも「智慧」が何より必要です。

 

特に若手議員は「若さだけ」と思われないよう、知力を身につけなければなりません。

 

「若いから何かやってくれるやろう」という有権者の期待も有難いですが、「若いのによく勉強してる」と、一人の政治のプロとして思われるように。

 

 

研修会後に、宮城県震災復興支援の発表を行いました。

さて、2回連続防災に関してのブログでしたが、このブログも防災関連・・・。

 

 「もう、飽きたぞ」と怒られるかもしれませんが、私の防災に関する政策力を高める集中期間でしたので、どうぞご容赦をくださいませ。

 

 高石では、割と宣伝していたので、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、今日は、市役所別館でフジテレビでお馴染の山村武彦氏の防災講演の日でした。

 

 たくさんの市民の方が参加されており、防災意識を高めるうえで有難い講演をしていただきました。

 

 講演の内容は、前述のブログでもあるように、「逃げる」ことが最も大切であること。

 そして、迅速な避難のために、避難訓練を意識して行うようにとのこと。

 

 やはり、防災というのは、この二点に集約されます。

 

 堤防の高さには限界がありますし、地震による地盤沈下があれば(陸前髙田で最大120㎝)、それだけ堤防が低くなります。

 

 行政がすべきことは、ハードの整備よりも、市民の防災力を向上させるために、どんな取り組みをしていくか。

 

 

  ■ ■ ■ ■ ■

 

 そもそも、防災の最大の目的は何か、ということに主眼を置いて、優先事項を決めていかねばなりません。

 政策形成においてもそうです。何を最優先して政治がしなければいけないのか。

 

 防災の最大の目的は、命を守ることです。

 

 財産が流されても、お金が無くなっても、それよりもまずは、命が優先されることだと私は思っています。

 

 だから、避難が重要なんです。

 

 避難路も整備しなければいけませんし、要援護者をどう避難させるか、そもそも地震がきたら避難してくれるのか、避難を促す情報伝達はどうなっているのか・・・。

 

 この避難という最も生命を守ることのできる手段とレベルを高めていくことが、私の高石の防災力向上への政策アプローチなんです。

 

 なので、市民の皆さんの協力も必要です。

 

 前述しましたが、

・・・避難訓練には参加して下さい。

・・・ご近所同士のコミュニティを作って下さい。

 

 それが、最大の市民参加だと私は思います。

 

 「行政に任すだけではなく、安心・安全は自分の努力によって作るものである

 

by 山村武彦 氏

 南海地震で最も津波被害が大きいと想定されている自治体のひとつ。南あわじ市の津波防災センターへ行ってきました。

 

 これも同志の出田裕重市議のコーディネートで休日にも関わらず、職員さんに来ていただいて説明を受けました。

 ちなみに、出田議員は、私のシンポジウムにパネラーとして高石にも来ていただきました。お世話になりっぱなしです・・・。

 

 

 南あわじ市は、地震発生後、約40分で6m以上の津波が襲来すると予想されています。

 

 非常に広範な土地なので、高石と違い緊急避難所も少なく(高石ほどの面積で神社や○○氏広場など2~3箇所ほど)、とりあえず高台に逃げるんだという体制づくりに力を入れておられました。

 

 釜石でもそうでしたが、避難が最大の防災です。

 

 そのために、自主防災組織による臨場感ある避難訓練や、市民の防災意識を高めていくことが求められてきます。

 

 こんなことを言うと怒られますが、南あわじに比べて高石は地勢に恵まれています。

 

 しかし、そういう油断が最も危険であることは言うまでもありません。

 

 いま、南あわじの防災力の高まりは、すごい力強さを感じます。それは、行政だけでなく、市民も。

 

 高石は総合避難訓練を毎年、各地区でおこなっています。もっとレベルを上げるよう要望をしていますが、市民の皆さんにも要望をします。特に若い人。

 

 訓練に参加して下さい。その日は大体、日曜日ですから。会社も休みの人がほとんどでしょ?

 

 本当に、若い人たちの参加者が少ない状況です。

 

 家族サービスも大切だし、遊びに出掛けることも大切ですが、家族を守ることがイチバン大切です。

 高石も、南あわじの防災意識の高まりに負けないよう、市民参加で防災力を高めていきましょう。

やっと、落ち着いて事務作業ができる環境になりました(笑)ので、ブログを更新してまいります。

 

というのも、先週は、東北地方へ復興支援、京都へ林塾、淡路へ津波防災の研修と、家に帰らない日が続きました。この連休も家族サービスができなかったので、ホント父親失格です・・・。

 

まぁ、凹むのは後回し。

 

活動報告を順に遡っておこなっていきます。

 

  ■ ■ ■ ■ ■

 

 宮城県は、塩竈市と東松島市に行ってきました。

 

 塩竈市は、比較的被害が少なかったので、市役所の方からレクを受けました。そんな塩竈でも、市役所のなかは防災対策本部を設置し、罹災証明の発行、地震直後は議場まで避難所として機能させるなど、市役所の存在の機能的重要性を改めて認識させられました。

高石の市役所は未耐震・・・どころか、耐震診断もしていません。これは急務です。ちなみに、塩竈市役所の耐震化は2月に完了したとのことです。

 

 対応していただいたのは、東北若手議員の会OBの伊藤市議。震災対応で忙殺しているはずなのに、関西若手議員の会の為にと、レクを始め、様々な研修をコーディネートしていただきました。

多謝です。

 

 そのなかで、最も心に残ったのが、仮設住宅の訪問でした。関西若手議員の会からは、支援物資として泉州の玉ねぎをはじめ、日持ちする食糧をお届けいたしました。

 被災者の皆さんとの意見交換では「梅雨明けに傘が大量に届く」という行政が苦手とするタイムリーな対応。その為には、どんな物資が必要なのかを把握するべきの職員が仮設住宅に来ないという(正確には来れない)状況。

 生活するのに最低限の物資も必要だし、人間が住むんだから少しの娯楽も欲しい・・・。色々な意見があるなかで、やはりというべきか、最も確信を得たのが「これからも支援を続けて欲しい」という切実な願いでした。

 世間は忘れようという方向に進みますが、その忘却の向こう側では、まだまだ復興に程遠い立場の被災者がいます。

 私たちは、その方々のために恒久的な支援を続けていくべきです。被災者にとっては、自分たちの状況を忘れられる事が、何より不安で、何より絶望を感じることだと改めて気付かされました。

 

 さて、二日目はボランティアで泥かきをしました。

 

 震災直後、「安易な気持ちでボランティアに行くべきでない」と私は主張をしました。

 

 行くのであれば、自分探しなんて以ての外、稚拙なヒロイズムや憐憫を捨て去り、粛々と作業をこなす一駒として行くべきです。

 

 なぜなら、予想以上に重労働ですから。

 

 ヘドロを集めるわけですから臭いです。また、どんな細菌が混じってるか分かりません。それで身体中を汚しながら、炎天下でハエに集られ、腐臭の漂うなか、只管に作業を続けるワケです。

私は、少なからず肉体労働の経験があるので、そこまで苦に感じませんでしたが、途中で逃げ帰るボランティアもおられるそうです。

 

 そして、ボランティアが思っているほど、感謝されません。

 ご近所の方は「有難う」と言ってくれますが、被災していない現地の通行人や通行者は、泥かきを邪魔者扱いするような目つきで見る人もいます。朝からパチンコ屋に並ぶ近くの現地の人もいます。それも被災地の現実です。

 だから、感謝されようなんて安直な思いでボランティアに行くのは、よろしくないのです。実際に、揉め事を起こした方もいるそうですし。

 

 そんな揉め事や現場から逃げ帰るボランティアをイチバン見たくないのは、やっぱり被災して心を痛めている人たちなんだと思います。

 

 ボランティア以外にもできることはたくさんあります。

 

 復興まで、まだまだ年月が必要です。

 

 同じ日本人として、私たちができることをしていきましょう。

 

 世間が忘れても、私は発進し続けていきたいと思います。

20101217日 チュニジアの失業中の男性モハメッド・ブウアジジ氏が街頭での青果販売を警察によって阻止され、それを苦に、焼身自殺によって異をとなえた。また、そのブウアジジ氏の葬儀も警察によって妨害されたことにより、チュニジア国民の反発は一気に激化。ウィキリークスやFacebookなどインターネットのソーシャルネットワークを中心に、反発運動は民主化デモへと進化し、今年の114日、ベンアリ大統領の国外脱出により23年間のチュニジア政権は崩壊した。

ひとりの青年の死が、イスラム圏での民主化運動として昇華されたこの運動は、チュニジアの国花ジャスミンから「ジャスミン革命」と命名された。

 

 

 

 

 

 

20106月 エジプト、アレクサンドリア市に住むカレド・サエド氏は、警察の麻薬取引に関与する映像をYouTubeにアップロードした。その2時間後にサエド氏は警察から拷問を受け、帰らぬ人となってしまった。そのサエド氏の悲惨な亡骸の写真もネットで公開されたことによりFacebookには「We are all Khalid Saeed 私たちもカレド・サエド氏と同じ事がいつ自分の身に起こってもおかしくない」というメッセージが掲げられた。それは、今年の125日にタハリール広場に集まって抗議しようという運動へと展開していく。

今年の211日、ムバラク大統領の国外逃亡によって、エジプトの反政府デモは結実。30年にもわたって続いていた長期政権が、1か月もたないうちに崩壊。

 

この波は日本にもやってきます。(やってきています。)

 

それは、民主化デモの波ではありません。

ソーシャルメディアの情報拡散の波の到来についてです。

 

FacebookCEOであるマーク・ザッカーバーグは「今後5年間ですべての産業はソーシャル化する」と断言されました。

 

日本の産業も、顧客(Fan)とのコネクトを強くしようと、かつ、その顧客(Fan)による更なる情報発信を展開しようとFacebookを活用しだしています。

 

しかし、日本はネットのスピードに対応した法整備もままならないどころか、日本国民自体が急速に変化するネット社会についていけていない状況にあります。

 

ネット社会に対応できる国民を1人でも増やす事を善とする主張ではなく、

受け取る情報の真偽性を確かめもせず、その情報を鵜呑みにしてしまう、

生来の日本人のメディアリテラシーの薄弱さに危機感を覚えてしまいます。

 

 

未だにテレビや新聞のいうことが本当だと信じている人がたくさんいます。と、同じように、未だに政治家のいうことが本当だと信じている人がたくさんいます。

 

 

そして、これは学校の教育なんかでは変わることは無いんでしょう。

 

 

私は、このfacebooktwitterの広がりは、悪用などのデメリットも感じますが、たくさんの多角的な情報を摂取するという経験に非常に役立つとも思っています。

 

小中学生は、学校裏サイトを使って、匿名性を果敢に発揮して、特定の人物をいじめます。モンスターカスタマーは、気に入らなかった業者などを、mixiで誰かになり済まし、廃業寸前まで追い込みます。モラルの低い有権者は、自分の言う事を聞いてくれなかった政治家に、かよわき市民の皮を被り、徹底的に攻撃します。

 

こんなことが社会問題として起き上がっている現状において、facebookなどの流行は、非常にいい流れだなぁ、と感じるのです。

 

こういった利用者の多いソーシャルで情報を摂取し、かつ、実名性の高いネット上で議論をすることで、日本人のモラルが守られる可能性を感じています。

 

 

いや、こんな偉そうなことを言っている私も、そこまで詳しくないのですが。

 

昨日は、そんな勉強会に行ってきました。

 

ゼロから法整備しても、影響は薄いです。

でも、流行度の高いインフラ(この場合はfacebook)などを駆使して、政治を行うという観点も求められていると思います。

昨日、6月議会が閉会しました。

開会したのが、1年前のように感じるほど、中身の詰まった議会だったと感じました。

ドッと、疲れが出ましたが、議会閉会後に次の議会に向けての闘いは始まっています。

9月議会は、第5次財政健全化計画が策定されることや、市長が掲げた政策の進捗とその是非、中学校給食・公の施設の耐震化の進行具合などなど、重要なタスクがたくさんあります。そして何といっても9月議会は、決算委員会が開かれます。

議会に向けての準備以外でも、今夏はとても忙しいです。

改選後のインターン生の受け入れ、東北地方への支援、同僚の松本議員との施設見学、監査委員としての決算審査など、スケジュールがかなり埋まってきています。

さすがに、昼夜兼行しながらタスクをマネジメントしていかなければ、追いつきません。

でも、今はそれぐらいが自分にとっていいペースなんだと思います。

自分が処理できる容量のものであれば、そのままの自分ですが、

自分が処理しきれない容量を処理しようと挑戦することで、

自分が成長し、色々な局面に立ち向かえる糧となるんだろうと思います。

ひとつずつ知行合一で行動していきます。

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