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本日をもちまして、ポスティングを修了。
まずもちまして、軒先・駅前で出逢った皆様、お忙しいのに笑顔で受け取っていただき有難うございました。何気ない「ご苦労さん」というお言葉に何度も背中を押されました。心より感謝申し上げます。

およそ16000枚を配布させていただきましたが、社員寮、立ち入り禁止のマンションなど、配れていない枚数もありますので「入ってなかったよ。」という方がいらっしゃったら、私( gavhattan@hotmail.com )までご住所とお名前をご連絡下さいまし(^^ゞ。
お届けにあがります。

前のブログにも書きましたが、市議会議員が普段やってることや思ってることをお届けしたいという思いから、12日間もポスティングに費やしました。
議員は入学式などでエラそうに来賓紹介を受けるだけの存在でもありませんよ、ということや、これ以上ツケを回される子どもたちのことを真剣に考えてみませんかというメッセージを送らせていただいたつもりでした。
数回だけのポスティングではまだまだ響きが浅いのも承知しておりますので、これからもたくさん配りますので、宜しくお願いしたいと思います。
配っているときに、6月議会と12月議会に向けた一般質問の内容も黙々と思案しながらやってました。おかげでだいぶと精査されてきました。明日からは、それらの現場調査と研究に励みます。

 

さて、

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妻が「娘と一緒に野菜を育てたい」ということで、プチトマトの水やりを毎日一緒にやってます。
娘には、小さな命をいただきながら私たちは生かされているということを少しでも感得して欲しいと思います。
実ができて、収穫し、お膳に並べるのが楽しみです。

 

5月は必ず臨時議会が開催されます。
1年間の議長・副議長・監査を選出する役選議会と呼ばれるものです。
他市の状況を仄聞するに、議長や副議長の座を狙い、骨肉の争いが繰り広げられるよう。そいえば、隣県の市議会で米俵5年分とかいう笑えない冗談もありましたね・・・。
高石では、毎年すんなりと決まっており、今年も2日間の日程で決まりました。市民にとって直接関係のない範囲で、あまり労力を使いたくないものですしね。もちろん、議会を運営する上ではとっても大切な人事案件ではありますが。

投票の結果、議長は奥田悦雄氏、副議長は久保田和典氏、監査は永山誠氏に決まりました。

そして、私は、1年間で最も審議回数が多く、審議時間が長い予算委員会の委員長を拝命しました。すっごいタフなお役目です。皆さんが選んだ議員さんが闊達に、そして慎重に審議できるよう全力を尽くします。

 

さて、ポスティングも9日目とさしかかってきましたが、昨日の昼過ぎに太ももに妙な痛みを感じ、寝て起きても治らなかったので、万全を期してお休みをいただきました。おひるから雨が降ったので、ちょうどよかったです。

家族で葉菜の森に行ってきました。
ウチは妻も働いてもらっているので、お買い物は週に一度ですませます。なので月に一度ぐらいは素敵な野菜たちを大量に仕入れに産直に出かけます。
ポイントカードとかあればいいのに。
そら豆と頂いたあごだしを使ったスパゲティをこしらえました。
採れたての野菜たちは当たり前のように甘くて美味しいですね。

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きのう、ポスティングしているとオッチャンにつかまって。

オッチャン「ゴミ袋の有料化のことも書かなアカンやろ!」

私「すいません、スペースと優先度の問題で省かせていただきました。」

オッチャン「ややこしいわ、あれ。」

私「ややこしいですねぇ、あれ。」

オッチャン「A市みたいに袋で有料化にすればええのに。」

私「あぁ、でもA市は市民負担が大きいですよ、全袋有料ですからね。知合いの議員さんに聞いたら大体、年間○○円の負担が発生してるみたいですね。」

オッチャン「なにっ!高石も有料化やから同じやろ。」

私「いやいや、高石は最初に配られたシールで収めてもらったら、1年間無料でいけます。ちなみに、シールは毎年配られます。」

オッチャン「なにっ、ほんまか!」

私「ほんまです。そもそも役所は、一部有料化を導入したのはお金がないからではなく、ゴミを減らして欲しいからという理由です。なので、市民の皆さんが1年間無料で済んだらそれがイチバンいいんですよ。」

オッチャン「おう、嫁も今までゴミ箱に捨ててた紙も、やたらと分別するようになって煩くてかなわんねん。」

私「ウチもそうです(笑)。でも、それが役所の狙いなんですよ。」

オッチャン「そうやのぉ、ゴミ減らすのが目的やったら、まんまと術中にはまっとるな。」

私「ただ、不法投棄とか確信犯的なシールの貼り忘れなどの部分的な課題はありますけどね。なかでも、ゴミの回収業者がイチバン可哀そうです。」

オッチャン「そんなん、なんか違うのやろう思ったら少しぐらいは出てくるもんや。」

私「まぁ、そうですけどね。ところで、分かっていただけました?」

オッチャン「おぉ。分かった分かった!最初から、そう説明してくれたええのに。」

私「説明会行きはったんですか?」

オッチャン「自治会の役員やからなぁ、行ったけど全然分からんかったわ。」

私「・・・。」

 

ちなみに、こういう奇跡的なテンプレートな会話、お一人だけではありませんでした。
どんな説明してたんですか、職員さん・・・。

 


さて、週に一回は私が晩御飯を作ろうと頑張ってます。

今日は鶏肉と新玉のしょう油炒めとシマアジの和風なカルパッチョを作りました。

カルパッチョに使ったソースは今後も使えそう。
ポン酢3:オリーブオイル1で混ぜて、柚子胡椒とレモン汁をかけたものです。

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さて、明日は、校友会の総会。入念に準備をおこないます。

今日・・・だけでなく、いつもポスティングをしていると、こんなお声が。

「おっ、もう選挙か?」

・・・これは「政治家は選挙前しか行動しない」という先入観の顕れなんでしょう、おそらくは。
そして、今まで政治家が築き上げてきたイメージなので、この先入観は受け入れざるを得ません。先入観を抱かせてしまった政治家の責任です。
しかし、知っていただきたいのは、ポスティングは選挙に勝つという目的ではないということ

贔屓目に見積もっても、私のチラシを隅々までご覧頂いている方は1割もいらっしゃらないと思っています。チラシの6割はゴミ箱に直行でしょう。あとの2割は見開きを開くと字がいっぱいなので、表紙だけご覧いただけてゴミ箱に行くのでしょう。あとの1割は(あまり言いたくありませんが)私を敵対視している方々が“粗”を探す為に隅々までご覧頂いていると思います。そして、最後に残った方々が隅々までご高覧いただいていると考えて配っています。本当に有難いことですし、悔しい思いもしますが、これは私の広報力不足に他なりません。修業あるのみです。
なにも卑下したいわけではなくて、なにを申し上げたいのかというと、選挙に勝つということだけを目的とするならば、ポスティングはおそろしく非効率ということです。チラシのデザインから文章まで業者に任せることができて、ポスティングも折込やバイトでまかなえるという資金力でもない限り、全ては手作業が原則。1カ月近くかかるこの作業に費やす時間をもっと生産的な手段に回すべきです、選挙に勝つということだけを考えれば。

では、なぜポスティングをするのか、ということが今回書きたい内容です。

私は以下の3点の目的効果のためにポスティングを行います。

1.高石の隅々まで把握できるフィールドワーク
歩いていると、色んな気付きがあります。おばちゃんに止められてお悩み相談を持ちかけてもらったり、歪な校区編成を目のあたりにしたり、下水がどこから来てどこへ出るのかなど、書類では絶対に分からない情報がどんどんインプットされます。

政策形成において、私の大切なアンテナのひとつなんです。

2.ハードワークから養われる精神修養
ポスティングはハードです。お陰さまで有志のスタッフにもお手伝いいただいてますが、ほとんどは私が配っています。だいたい一日25㎞ぐらい歩きます、ほぼ毎日。ですので、スーツ着て、革靴なんて履いていられません。基本、ジャージです。(たまに「遊びに行ってたんか?」と聞かれますがwww)

中盤頃にさしかかると、筋肉痛で歩くのもやっとの状態になります。そんな状態で、200m先に2軒だけの戸建てがあって、袋小路、つまり入れたらそのまま戻ってこないといけないという場所に出くわしたとき、私もまだまだ甘いので「スルーしよっかな」といういけない思案をしてしまいます。ポスティングには、そんな邪な葛藤との闘いが付き物。そのしんどい状態での葛藤の末に丁寧に配付するというひとつひとつの「当然なんだけど丁寧」な作業が、心身ともにタフにしていきます。これは上司がいなくて、自分のお尻を自分で叩かないといけない政治家にはピッタリの修養になります。

3.思いをお届けしたい
なんといっても、自分の思いをお届けしたい、啓蒙したい、市政の状態をお知らせしたいというのが根本です。
合併選挙のとき、学生時代の私は「高石市はお金があると聞いていたのに、なんで急に合併?」と疑問に感じました。これは情報発信どころか情報を提示してこなかった行政と、今までまちの状態を知ろうとしなかった私が原因でした。
ふたたび、高石の存続が危ぶまれた時、市民の「そんなん初めて聞いた」ということを防ぐように私は時間を使ってチラシを配っているのです。
また、強制的な徴収形態をとっている税金で仕事をしている以上、活動報告を納税者の皆さんにおこなうのは基本中の基本です。

議員それぞれによって、ポスティングの目的はじゃっかん違うのかもしれませんが、本人が何日も汗を流して、苦痛に顔をゆがめて自分の分身を配っているという作業に「選挙目的」という単純な理由だけではないと思うんです、他の市議さんも。

また、ポスティングだけでなく、色んな活動には意義があって、その収斂される先に「まちを良くする」という思いに繋がってるのです。

訥々と書きましたが、ポスティングには皆さんから与えられたお金と時間をたくさん使っているので、一度しっかりとした行動理由をお示ししないといけないという思いから書かせていただきました。

明日からも頑張って配ります。

高石に部屋を構えてくれてる松ヶ根部屋の千秋楽祝賀会。

輩出する松鳳山は大阪場所では無念の負け越し。
プロとして「敗れる」ということは僕らの想像を絶するほど無念であることに違いない。
サッカーも、野球も、陸上も。だから、「○○してれば勝ててたかもしれないのに」と真剣勝負とは程遠い安全地帯にいる我々が意見を述べるには、我々にも相当の覚悟が必要になってくると思うのです。でなければ、それは無責任な外野。

負け越した松鳳山は相当悔しかっただろうに、私たちの前で無念の弁と来場所へ懸ける思いを語ってくれました。

相撲に全く関心がなかった私は、松ヶ根部屋が高石に部屋を構えてくれて、初めて「松鳳山カッコイイ!」と思わせてくれただけで十分有難いと思っています。
来場所頑張って下さい。

私は貴方達がいるからお相撲が好きになりました。

本当に有難うございます。

南海高師浜線を存続させるという目的から“ブランド戦略”というものが生み出されました。私が考える「高石市の人口を増やすために良質なイメージを発信し、同時に市民サービスも整えていくことを目的としたブランド戦略」とは全く違いますが、高石市の定義するブランド戦略とは「高師浜線を存続させるための戦略」だということです。高師浜線の存続に向けて高石市は色々な策を考えだしました。共同バスターミナルや伽羅橋駅の活性化・・・これらを「6つの柱」として進めていく関連の予算が平成25年度予算の主な項目となり、予算委員会ではこの項目について議論が集中しました。それこそ市長に近い議員、遠い議員関わらず、激論が交わされました。この6つの柱については後日、詳しく書かせていただきます。

さて、もちろん、採決が分かれました。

以前に、高志会のチラシで書かせていただきましたが、予算というものは賛成・反対という意思の向こう側に導かれる結果に責任をもたなければなりません

反対としたならば、予算が否決されることが反対する上での成果物なのですから、市長の政策的予算が執行されず、2~3ヶ月は暫定予算が組まれて、その間、例年継続されてきた市民サービスは停滞し、予定していた契約もできなくなり・・・というリスクを抱えなければなりません。つまり、「この項目は賛成でやって欲しいけど、これとこれが嫌だから反対」という理屈は通じないということです。

逆に賛成としたならば、「これが嫌だから予算執行しないで」と甘えることはできません。万が一、議会が行う予算執行で将来に大きなツケを回してしまう結果がでたとしたならば「なぜ、あの時議会は止めなかったんだ」という責任を負わなければなりません。予算執行されるリスクを抱え、その行く先を注視しなければなりません、場合によっては軌道修正をかけていくことも求められます。「この項目は反対で、留まるように議場で言ったんだけど、総論は賛成だから」という言い訳は通じません。賛成に手を挙げたんなら、自分の納得のいかない予算執行にも責任を負うべきなのです。

反対して予算執行されないデメリットか、賛成して予算執行されてしまうデメリットかを選択しなければなりません。それが嫌なら退席したらいいのです。

予算には項目ごとの賛否が問われません(それがあればホントに助かるのですが・・・)。つまり、100 or 0で、予算執行においては付帯決議も議員の権限外とされています。

今回、三セク債の発行や中学校給食などの項目も予算計上されておりましたので、予算案に賛成をしましたが、過去を振り返ってみても、これほど悩まされた賛成はありませんでした。上記にある高師浜線の存続で、「これはアカンやろ」という項目がいくつか存在していたからです。(詳しくは後日のブログにて)

しかし、賛成をする以上は私の責任です。「アカン」と思う項目の予算執行を「納得できる」形に持っていくのも賛成をした議員の義務です。

 

「賛成=市長とグル、反対=市長の足を引っ張っている」という短絡的な構図をよく聞きますが、議員はそんな記号的な物差しで仕事しているわけじゃないということも知っておいてほしいのです。賛成する議員も反対する議員も、両方とも思い決断のうえ判断をしているということを知って欲しいと思います。

昨日、3月議会の議案が発送されました。

今朝の朝刊に掲載されていた内容が主なものですが、

・ 土地開発公社のたたみ債の発行

・ 防災体育館の建設

・ 南海中央線の完了宣言(中央公民館までの区間が期限を迎える)

・ 新給料表の導入(国に準じた俸給表に、今まではそれよりも多かった)

・ 中学校給食の導入(高石中、取石中も工事スタート)

・ 高師浜運動広場の人工芝張替

・ 羽衣保育所の民営化

・ 津波避難タワーの整備

・ 生活保護適正受給の体制整備

・ 国保会計への一般会計からの法定外繰入(独自減免等分)

・ 臨海工業地帯の液状化対策

など、まだまだ目玉となる項目がたくさんあります。

なかでも、高志会で提出した予算要望書のいくつかが結実しており、有難く感じております。

しかし、「いや。これは、ちょっと待てよ。」というような項目もあるので、審議までに、綿密なヒアリングを重ねる必要アリです。

個別の具体的な内容については、追ってアップしてまいりますので、宜しくお願い致します。

 

■ ■ ■ ■

13日には、石平氏をお招きし、講演会を高石・泉大津・和泉YEGで開催させていただきました。

中国経済の減衰と、習金平政権のこれからの戦略、尖閣諸島領域における中国の蛮行など、多岐にわたり、抑えておかなくてはならないポイントをご講演いただきました。

 

私は、日本という国が中国を救わなければならないと考えております。

・・・というと、誤解をされそうなのですが。

 

中国の取り戻す原点は日本にあります。

孟子から連なる陽明学は、幕末において吉田松陰、高杉晋作が影響を受け、昭和の首相の指南役である安岡正篤先生がしっかりと受け継がれています。

孔子の論語は、悠久ともいえる歴史のなかで日本人がテキストとして使用してきました。

いまの中国は、これら四書の教えを踏襲できていないのは明白です。辛亥革命、文化大革命などで、中国は先人の素晴らしい教えを閉ざしてしまいました。

日本においても残念なことに論語や中庸を読まれなくなって久しいですが、取り戻そうという動きは高まってきております。石平氏曰く「中国で根絶やしにされた孔子の理想は、日本で花開いていた」とのこと。

 

もちろん、いまの中国は油断できませんが、鳩山さんみたいに阿るのではなく、もっと大局的視点から中国を考えるべきだと私は思うのです。

新しい塾生を迎えての林英臣政経塾第8期が1月23日、スタートしました。

塾を卒業し人生をかけて国と地域を改新する誓いをたてた者を塾士と、入塾し林先生の学びを深めている者を塾生と呼びます。

私は第4期卒塾生として現在は塾士、東北・関東・関西・中四国・九州の各講座の関西講座長を仰せつかっております。

 1月例会

講座の内容は、塾士同士での政策研修、現地視察など多岐にわたるのですが、改めて感じたのは、林塾長から「君たち塾士も卒塾をしてからも厳しい修養を積むように」との思いが講義に込められておりました。

 

ややもすれば、卒業や修了を果たすとその時に学んでいたときの心構え、覚悟を忘れがちになる傾向が人間にはあると思います。厳しい練習ばかりだった野球部を終えたあとOBで後輩指導をするときや、資格入手の為に勉強をしていたときにストイックな気持ちなど、「合格」や「卒部」などの節目を迎えた後はどうしても気がゆるんでしまうことはないでしょうか。

 

本塾では、そんなことが「当たり前」に許されず、塾士になった時からが本当の覚悟の要るところであるという自己への厳しさが求められる場です。

そんな当たり前のことを塾長に求められた自分への反省と、改めて刺戟を感じさせられた1月例会でした。

 

褌をしめ直し、高みを目指して成長を続けたいと思います。

 

最後に、講座にあった講孟箚記のなかでイチバン好きな一節を。

 

少年軽鋭(ケイエイ)鬱蒼喜ぶべき者甚だ衆(オホ)し。然(シカ)れども艱難困苦(カンナンコンク)を経(フ)るに従ひ、英気頽廃(タイハイ)して一俗物となる者少なからず。唯真の志士は、此の処に於て愈々(イヨイヨ)激昂して、遂(ツヒ)に才を成すなり。

 吉田松陰「講孟箚記(コウモウサッキ)」

訳). 若者は軽やか、活発であり、その将来への可能性の豊かさがある。しかし、苦労を経験するにしたがい、才能は衰亡して俗物となる者が少なくない。ただ、真の志士は苦労を経験する際に、気持ちが高ぶり、ついには才を成す。

 

今年は、今迄とは比べ物にならないほど挑戦的に活動をさせていただいた1年でした。

 

それぞれに公的目的はあるものの、そのひとつひとつが私を大きく育ててくれました。

 

何よりも、それぞれの活動において共に闘ってくれた仲間の存在に、大変有難く感じています。

 

「事は一人から起こるが、一人では進まない。」

 

友人、同志、同僚。

そう呼べる仲間と共にこの1年活動できたことを改めて年の瀬のこの時間に感謝を表したいと思います。

 

どうぞ、来年も宜しくお願い致します。

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今秋は、たかコン・予算要望書の作成・親学シンポとただでさえ忙しい秋の季節に思い切り自分のやりたいことを詰め込んでチャレンジした秋でした。

(※親学シンポはまだ終わっていません、明後日なので是非お越し下さい!)

この成功体験を得ることができましたが、同時に課題も生まれ、まだまだ自分を鍛え直さないといけないと思えたことが私的には最高の収穫物でした。

その収穫は言うまでもなく果敢な挑戦があったからこそ。

自分のレヴェル以上に行動することで、あらゆる能力が格段に向上します、それこそ脱皮するみたいに。それでも、課題が生まれるから、また挑戦し、その繰り返しが成長に繋がります。

自分自身を、どこまで安全じゃないフィールドに置くことができるかが、とっても大切だと思います。

 

・・・「あぁ、この秋の過ごし方は間違っていなかったな」と、ちょっと自信がついていたのですが。

 

昨日、西宮まで同志の応援に入って、一変しました。

自分よりもはるかに精密で高速な情報処理能力。

自分よりもはるかに愛のあるチームへの心配り。

自分よりもはるかに親切で丁寧な市民への応対。

自分よりもはるかに紳士的な奥様への言葉遣い。

 

完敗です。

尊敬する同志なので、競争意識はありませんが、男の子なので素直に悔しいです。

このままの成長速度ではいけない。

思い知らされました。

 

褌締め直します。

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