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そろそろ配り始めるチラシが定稿したので、さっきまで久しぶりにゆっくりと映画を観ました。といっても、DVD。

 

あまり新しいものではありませんが、以前よりずっと観たかったので、娘のアンパンマンと一緒に借りてきた次第です。

ネタバレしてはいけませんが、この映画を観て、法や規則よりも大切なのは政治家の使命、すなわち住民の幸福、平和を追求すべきだと改めて感じました。

堤真一が格好良すぎでした、存在感が神がかっています。余貴美子も良かったです。

やっぱり洋画より邦画。

 

映画の趣向は年々変わります。

中学の時は、同級生も観たことのないような映画が好きでした。『推定無罪』とか。誰も知らない映画を自分が知っていると悦に浸りたかったのでしょう。青いです。ケビン・コスナーが大好きでした。

高校の時は、それがひどくなり、完全にマイナー志向でした。レンタル1位とかアレルギーでした。青すぎです。塚本 晋也の『鉄男』とか『双生児』とか好きでした。

大学ぐらいから、偏見もたずに素直に観れるようになりました。

卒業後は、感動やサスペンス、予期せぬ展開よりもフワフワした映画が好きでした。

今は、あまりにも映画を観る機会がないので、なんでも観たいです。洋画でもいいです。飢えています、大袈裟ではなく。

でも、この飢えのコンディションが映画を観るうえで最良なんでしょう。

 

さて、次は何を観ようか楽しみです。

わずか数センチほどの段差でも慎重にハイハイで降りる臆病者の娘が、保育園での馴らし保育で2週間が経とうとしています。

今日は、初めてお昼寝に挑戦。私のスクワット付きの抱っこか、おっぱいを飲みながらしか寝ない娘が保育園ですやすやと寝てくれたそうな。

人一倍臆病な娘は保育園に馴れるのかなぁ、と心配していましたが、そんな親の心配を通り抜けて、娘が新たな環境に必死に馴染もうと、彼女なりに頑張っているのでしょう。保育士さんのあやし方にも脱帽です。

保育園に送っていった時は、未だに大泣きするそうですが、お友達と一緒に砂場で遊んで、紙芝居を観て、初めて会う人にゴハンを食べさせてもらって、お昼寝をさせてもらって、彼女が今迄にない真新しいことに必死に順応しようと努力しているのを想像すると、涙が出そうになります。親バカなのでしょうか。

 

また、妻も母親として、娘の頑張りに必死で応えようと頑張っています。送っていった時に娘が「別れたくない」という意志表示で大泣きするのを背中に保育園を去るのも、母親としてツライことでしょう。そして、娘と離れたところで仕事をさせてしまい、本当に申し訳なく思ったりします。

 

私はどうしても、家事より仕事を優先してしまいます。研修のため、自発的に視察を組み何日か家を空ける日が毎月に数回はあります。会議や打ち合わせは、夜が多いため週の半分はなかなか一緒に夕飯を食べることもできません。

 

ただ、「目の前の愛している人たちを幸せにできないで、何が政治だ!」と至極真っ当なお叱りをそのうちに受けそうなので、受ける前に少しずつ改善をしようと私も父親なりに頑張ろうと思いました。

 

イクメンと呼ばれるような誇り高き父親にはなれそうもありませんが、

週に一回は夕飯を作る

休みの日は風呂掃除をする

家族に優しい言葉をかける

など、できる範囲で我が家庭を幸せにしていきたいと思います。

公言したからには、何としてでも達成させなければ。

 

世間のお母様方は本当にすごいなぁとリスペクトしつつ、

自分もそうやって育ててきてもらったのだから、

妻と娘にしっかりと恩返ししようと思う今日この頃。

 

 

 

 

 

ところで、このブログ、妻が見れないように設定できないものかしら。

寒い日が続きます。

どうやら節分とは、季節を分けるという意味らしく、この日の翌日から本格的な寒さが到来するとのこと。

ですので、まだまだ寒くなりそうです。

冬好きな私は、聊か平気ですが。

皆さん、お身体にはくれぐれもご自愛くださいませ。

 

さて、そんな節分を迎えているので、家族の無病息災を祈念しながら、一言も喋らずに、北北西を向いて、恵方巻を丸被り!

・・・ということはせずに、等分に切って、家族で談笑しながら、方角なんて意識せずに、頂きました。

 

でも、すごく美味しかったです。

 

節分も宮中の年中行事のひとつで、日本人の美意識よろしく「穢れを祓う」という行事で、そういうものは大切にしていこうと思い始めているのですが、どうも現代の世俗と合わない風習は踏襲しにくいわけで・・・。

でも、子どもがもう少し大きくなった時には、豆撒きや柊鰯などをしてみるのも、いいですね。

 

恵方巻じゃ足らないということなので、蕎麦の冷製ペペロンを作ってみました。

 

個人的には課題山積でしたが、妻が驚愕するほど「美味しい」と言ってくれたので、なんか嬉しくなって、ほっこりしました。

 

皆さんは、どんな節分をお過ごしですか。

私はというもの、娘を授かってから、こういう行事モノは大切にしようと思い始めました。

昨日は久しぶりのオフ。

家族と昼食を済ませ、帰宅するだけのお出掛けのつもりが、その場の流れで京都に行くことになりました

 

京都へは、月に1度、お仕事で行くのですが、プライベートでの京都入りは凡そ1年ぶりぐらい。

その仕事先の清水五条周辺を「この銭湯よく使ってたのよ。」とか言いながら、泣きじゃくる娘を抱きながら散策。

そして、清水寺にて、妻が「こっちの方、いい匂いする。」ということで、辿り着いたのが普門庵とかいうステキなお店。女性の嗅覚侮り難しデス。

京都というまちは、不思議なまちです。

お寺が多い、町並みが古いなどでは言い表せない感覚を抱きます。

霊的という言葉や妖しさという表現がふさわしいオーラが滲み出ている感じがします。ポジティブな意味で。

まちづくりの構成要素は、景観や住民だけでもなく、ましてや都市計画だけでもなく、歴史であったり、まちの遺伝子のようなものが明確にカタチ作っているんやなぁ、と京都はというまちは、いつも思い出させてくれます。

 

娘は生まれて初めての京都。10ヶ月の感性でどんな印象を持ったのか分かりませんが、また連れて行きたいと思います。

 

■ ■ ■ ■ ■

 

AKIRAがハリウッドで実写版される件について。

 

・・・どうやら金田と鉄雄が兄弟という設定らしい。

参照 → http://www.cinematoday.jp/page/N0037451

 

となると、あの「『さん』をつけろよデコスケ野郎」のシーンは、

「金田ァ!」「俺もだァ!」となってしまうのですかね。

 

そもそも実写版そのものに期待していませんが(ピンポンは別)、予想以上にファンタスティックな出来映えとなるのでしょう。

頭のスイッチを切り替えて、拝見したいと思います。

先日のワールドカップ・アジア予選リーグで日本代表がタジキスタン代表に8-0で大勝し、次なるステージに向けて自信と励みをつけることができました。

その対戦相手であったタジキスタンは圧倒的大差で敗北に喫したのだが、代表の監督があまりにも素晴らしいコメントをされているので、アップします。

 

 

「昨日の前日記者会見で言ったとおり、今日は守りに徹する。

そのつもりでプレーしたが、完全な守備というのは芸術に等しい。

我々はその域には達することができなかった。

見事な勝利をした日本を心から祝福したい。

これは実力の差、当然の結果と言えるだろう。

日本はビッグなチームだった。」

 

「昨日の会見では、なぜそんなに控えめなのかとも言われた。

今日の結果で、どうして昨日のような言葉が出たかお分かりいただけたと思う。

冷静な自己分析によるものだ。

ただし、我々の選手たちは最後まであきらめずに走った。

日本を抑えることはできなかったが、

あきらめなかった選手たちに心から感謝したい

 

「日本はウズベキスタン、北朝鮮とは比べ物にならないほど強かった。

今日、日本がほぼベストメンバーで戦ってくれたことに感謝している。

私たちは勉強しにきた身分だ。

苦い経験ではあるが、私も選手も今日の結果を受け止めて

将来に活かしていきたい。

何よりも日本に感心したのは、無駄な動きが一切なかったことだ。

最後の3分間も全力で走っていた。これには感銘を受けた

 

「我々のホームで戦った場合、このような立派なスタジアム、芝生ではなくて、

環境はもっと劣悪になる。ピッチの条件によって、日本のサッカーがどう変わるか。

そこに関しては多少期待している。

ただ、日本とタジキスタンは残念ながら同レベルではない。

芝生の状態いかんで縮まる差ではない。これは冷静な判断。

ただし、ホームの観客が喜ぶようなサッカーを見せたいと思っている」

 

「(最後までクリーンなプレーを続けたが?)ラフプレーには走らない、

クリーンなプレーを心がけるというのを選手たちは理解している。

私たちは日本の選手をけがさせるために来たわけではない。

日本はもっと高い目標を置いているチームなので、

こんなところでけがをさせては申し訳ない。

それに、偶発的に手や足が出ることはあるが、

日本の動きが速くてそれもできなかったのもある」

 

試合をテレビで観ていた私としては、3-0以降の日本の追加点には、それほど歓喜しませんでしたし、一緒に観ていた妻も、つい「可哀想・・・」と女性らしい(慈悲深いという意味での)言葉が漏れていました。

 

しかし、一度ピッチに立った者としては手加減することはクリーンなプレーではないのです。勝者が敗者に手を抜くことは侮辱に等しい行為であって、ピッチ上で互いの全力のプレーをしなければならないのです。

 

それが勝負に挑んだ者たちの覚悟というものでしょう。

 

それでも、「言うは易し」で、そこまでモチベーションを保つということは難しいと思います、特に圧されている側は。

 

 

歴然たる力の差を見せつけられ、その有りの侭を世界中に放映され、さらに点差を拡げられ・・・。

全力でプレーするのに非常に厳しいコンディションであることは言うまでもありません。

 

しかし、それでもタジキスタンの選手は最後まで全力でボールを追いかけました。

そこに、この試合の大いなる意義を感じます。素晴らしい試合でした。

 

最後まで全力で闘ってくれたタジキスタンの選手に感謝です。

 

プレーしていない私が言えた身分ではありませんが、日本の選手は、こんな国と闘えた事に感謝し、そして、勝って兜の緒を締めて、次の試合も必ず勝利の栄光を手にして欲しいです。

日曜日は、午前中に月に一度の青空魚市のお手伝い。雲行きが怪しかったけど、何とか保ちました。

 

急に、寒くなりました。

クールビズも終わりました。

冬が好きな私は、温度が下がるにつれ、意気揚々としています。

もうすぐ、あの美しい冬がやってきます。

今年も積もればいいのにな。

 

■ ■ ■ ■ ■

 

この日の午後、久しぶりに友人を我が家に招きました。

 

私、こう見えても料理が好きなんです。

しかし、この取り繕ったような支度の写真。

  

あまりにも違和感があって、あまりにもシュールな面白さがあったのでアップ(笑

 

この日のメニューは、

・ゆで卵のトンナート

・カボチャのマリネ

・ハマチとオクラのごろごろサラダ

・トマトとアンチョビのスパゲッティ

・じゃこのペペロン

・タイ風カレー

です。

 

あまり、添加物などに頼らないような自然のものを使うようにしています。かつ、安価で。

お客さまも妻も、喜んでくれていたようなので、素直に嬉しかったのですが、全力で照れ隠しをしました。

自分が食べるだけなら適当に作るのですが、ゲストに食べてもらって、喜んでもらえるというリアクションは、何より有難く、かつ、心地よく思えるものです。

 

普段、忙しさにかまけて、家の事になかなか気を配れてないので、たまには、こんな日もいいかな。

 

さて、次はどんな料理に挑戦しようか。

今日の夕焼け。

 

 

 

 

夏は苦手ですが、夕焼けと朝焼けが美しいのが何よりの救い。

 

どこか儚げで、どこか逞しくて、

 

どこかで花火大会が催されてそうで。

 

宿題を済ますことができなくて、花火大会に行くことを禁じられた子ども時代を思い出します。

 

■ ■ ■ ■ ■ ■

 

行政は、現金の未収未出の整理を行うために出納整理期間(4月1日~5月31日)が設けられています。ですので、行政の決算は、この後に行われます。

民間からすれば羨ましい話かも知れませんが、税・保険料の徴収や多岐にわたる契約など、行政がすべき役割から生じる決算期間なのです。

 

 

ともあれ、この決算の後、監査に付されます。

 

私は、今年、監査を預かっておりますので、この時期、非常に忙しくさせてもらっています。

 

 

先週も今週も来週も、この決算の監査です。

 

そして、一緒に監査をさせてもらう方は、公認会計士の方です。

 

議会から1人、一般から1人、選ばれて監査をするワケですが、この一般から選ばれる監査人を代表監査といいます。

この代表監査という職には、職員OBが就きやすい傾向にあるのですが、本市は公認会計士の方に就いてもらっています。

 

傍で、監査をさせてもらっていますが、かなり有難いことです。

 

そのノウハウやスキル、事務・財務をチェックするのに、これだけプロフェッショナルな方はそうそうお目にかかることはないぐらい、感心する毎日です。

たった議員経験5年の私の経験では追いつきようもありません。

 

 

さて、本題。

 

人間って、こんな時こそ、試されているような気がします。

 

サッカー経験ゼロの私が、フットサルに混ぜてもらう時に、経験者と同じプレーができないんだから、「そんな自分でも何ができるか」を見出すことを考えるんです。

議員経験ゼロだった私が初当選時、ベテラン議員さんより経緯もノウハウもないんだから、「そんな自分に必要とされていることは何なのか」を初心に戻って思考するんです。

 

今回もそう。

 

そんなプロの方と同じ思考、同じ視点、同じスキルを憧れて、追いつこうとする努力そのものが徒労に終わるので、

一定の民意を預かっている私に何ができるのかと考えれば、

それは市民の目線から見て、そして大所高所から見て、行政に集約された市民のマインドを突き付けることだと思ったんです。

 

法律論や会計論も大切ですが、既存の制度に従事されたチェックも大切ですが、

そもそも市民が何を望んでおり、その願望が実現するには、どのような方法が適当か、

現実性と必要性をもって指摘しなければなりません。

 

それが、議会代表の監査委員の当面の理念なのかな、と自分に言い聞かせ励んでいる毎日です。

 

即戦力にならないからといって、「いずれか成長します!」というのは余りにアマチュア。

今、自分にしかできないことを考え、実行する。

 

自立をしたうえで、他を信頼し、使命を全うする。

 

それが、役割分担。

 

 

花火大会に行けなくて、そんな事情を知らずに誘いに来た友達。

そんな友達に悪いからといって、仕方がなく、「行っておいで」と許可をおろす母親。

それも、友達との役割分担。

江戸時代においては、

右派の人たちは、「日本は、他国の人間から天国のような国だと褒め称えられた。」と謂いますが、

左派の人たちは、「日本は、身分差の激しい封建制度のような国だった。」と謂います。

でも、そんな天国だと思われている国を護りたいという危機感と、身分差を失くそうという志で、高杉晋作や坂本竜馬は生まれました。

 

大正時代においては、

右派の人たちは、「日本は、悪平等の始まりの時代で、第一次世界大戦から世界恐慌をもたらした。」と謂いますが、

左派の人たちは、「日本は、デモクラシーによって民主性が導入された素晴らしい時代。」と謂います。

 

昭和時代においては、

古き善き時代の物語もあれば、

 貧富の差が激しい物語もあります。

 

 

光があれば、影もある。

 

過去は、色褪せて美しくも観えれば、陰惨で灰色に観えることもあります。

 

必ず、ひとつの方向ではなく、双方向で物事が成立しています。

 

自分のイデオロギーに都合のいいように歴史を解釈するのではなく、

善かった政治は取り入れて、

悪かった政治は克服して。

 

その繰り返しが、現在を創っている。

 

過去の反省に学び、偉人の功績を忘れず、

先人の思いを受け継ぐ。

 

その連続性がなくなれば、国家ではなくなる。

 

この映画を観て、そんな事を改めて考えさせられました。

注)音が出ます

いい映画でした。

たまにGoogleのロゴが変わります。

 

その日の由来に起因してるみたいです。最近は、海の日だったり、アルゼンチン独立記念日だったり、それにちなんで、ロゴも変わるそうです。

 

例えば昔ので・・・

一瞬、ベヘリット?と思いましたが、どうやら違うよう。

コンスタンチンブランクーシとかいう人の生誕だったそうです。

 

Googleのアクセス数がfacebookに抜かれたことなどで、巻き返しを図るために頑張っているんかなぁ、とか邪推しつつ・・・Googleをスタートページに指定している私にとっては、毎日のロゴの変化が面白く、その意味も調べて、雑学を積んでいるわけです。

 

 今日のは、こんな感じ。

  

 ・・・もはや、「Google」じゃない。

 どれがG?どれがEなんだろう(笑)

 初めて来た人が、「どこのサイト?」と驚かないのだろうか。

 

 さて、このロゴはアレクサンダーカルダーとかいう人で現代美術家だそうです。

 そして、私はモダンアートやら現代美術やらの価値を、全く理解できない人間なんです。

ここからが本題。

 私の友人が言ってました。「板に釘さしてスポットライト当てたものを、私の芸術だと言われても全く感動しない。なぜなら努力の陰が見えないから。」

 なるほど、と思いました。

 

 もちろん、現代美術が努力なしで成立しているとは思っていません。インスピレーションやらオリジナリティやら、私のような凡夫には理解できない苦労の末の傑作なんでしょう、一つ一つが。

 

 ただ、私が「美しさ」や「感動」を見出すのは、努力の跡やら、血と汗の結晶みたいなものが垣間見えるモノなんです。

 映画ならストーリー展開、カメラアングル、音響。小説なら文才、シーン描写、伏線。それぞれの感動があるのですが、その前提に「努力のあと」が感じれるかどうかなんです。

 

 そして、それは議員や市民、行政職員などを見るときの指標にもなっています。

 

 この世界にいるとよく経験するのが「私は素晴らしい活動をしています!」「私の主張は素晴らしいんです!」「だから、貴方も賛同してください!私たちの活動に!」というやり取りです。

 

 もちろん、私がその活動に対し「素晴らしい」と、自分の時間を割いて責任をもって賛同すべきだと判断したら、全力をもって、その何かしらの活動やら主張の旗の下、共に闘います。

 

 ただし、それを判断する前に、「その人が汗をかいているかどうか」が、私にとって非常に重要なポイントなんです。

 

 口は立つけど、身体は動かない人ってよくいるように、そんな人と共に行動をしたら、いくら活動や主張が美しく、絶対的なものであったとしても、実現することなく幻となってしまいます。それなら、やらない方がマシ。

 

 一緒に汗をかける人かどうか。これを見極めることこそが「いい仕事」に繋がります。

 

 いま、ひとつ、その「いい仕事」が実現しそうです。

 

 そんな時、一緒に汗をかける仲間の存在に嬉しくなるのです。

 「ああ、またやろう。」と思えるのです。

アメリケーヌソース

妻の実家で甘エビをいただき、

頭と尻尾が余ったので、アメリケーヌソース作りにチャレンジしました。

材料は、

■ 甘エビ(殻) 一定量

※スーパーで販売しているブラックタイガーの殻でも問題ありません。

■ 玉ねぎ 少々 みじん切り

■ (あれば)調理用の白ワイン 少々

■ バター 少々

■ ブイヨン(コンソメ) 少々

■ 小麦粉

■ 塩

■ トマトピューレ(なければケチャップとトマトのみじん切りで代用可) 少々

エビの殻をバターで炒めます。

そして、玉ねぎのみじん切りを炒めます。(好みに合わせて人参やパセリも)

白ワインを入れて、アルコールを飛ばします。

小麦粉もダマにならないように、入れます。

エビの色が変わり、玉ねぎが撓ってきたら、お鍋に入れて、トマトピューレとブイヨンを入れます。水も少々。

灰汁を取りながら、2~3分煮込むと、味が出来上がります。

ボウルとザルで、具材を潰しながら、旨味を汁に落としていきます。

少し色が悪いですが、完成。

妻は喜んでたので、まぁ、及第点。

ちなみに、本格派の味ではありません。ブラックタイガーの殻や甘エビの殻を捨てるのが、勿体無いので、この簡易アメリケーヌソースに挑戦したまでです。

ですので、コストパフォーマンスを優先しています。

作るのに15分ほど費やしましたが、慣れれば、もう少し早く作れそうです★

これを、スープにしたり、パスタに絡めたり、パンにつけたり、オムレツのソースにしたり、用途は様々。

エビの天ぷらや、海老チリで使用した海老の残りの殻を捨てる前に、ソースにしませんか?

さすれば、エコイタリアンの完成なり。

・・・

~追記~

このソースはフランス料理だそうです(笑)。後で突っ込まれました。有難うございます★

あと、エビの量についての質問ですが、これだけ甘エビを入れる必要はありません。ブラックタイガー6尾ほどでも十分ダシがでます。

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