9年前、高石市を二分させた選挙戦がありました。堺市との合併選挙です。

私が政治家を目指した原点のひとつでもありました。

結果、多くの住民の支持を得て、堺市との合併をせず、高石は自立していくこととなりました。

 

それからというもの、合併推進を唱えていた人たちは、自立の道を歩んだ高石市政の一つ一つの落ち度を拾い上げ、いかに合併していた方が良かったかを、訴え始めるようになりました。

挙句の果てには、あの選択をした者は愚かだと罵る方もいました。

選択に「たら、れば」は無いのにも拘わらず。
私は、そんな人たちに対し、非常に違和感を覚えた一方、「それも民意で示されたのなら、敗れた方も一定の前向きな譲歩はすべきだ」と思いました。

少しばかりの落ち度を嘲笑して、かつての自分の採った選択肢の正当性を証明することに労力を使うのならば、民主制に則って決定した道筋の上で、少しでも自分の主張を現実化するべきだと、少なくとも思いました。

 

合併選挙で悔しさを感じた方は、いつまでも合併できなかったことに未練を遺すのではなく、自立を掲げた高石市と、それを選んだ高石市民と選ばなかった高石市民の為に、その智慧と経験を全力で使うべきだと思うのです。

 

翻って、今回の大阪ダブル選挙。

前回のブログでも書いたように、私は倉田氏を全力で応援してました。

 

しかし、惨敗を喫してしまいました。力及ばずです。

巻き込んでしまった皆さん、申し訳ありませんでした。

 

一朝一夕では、なかなか割り切ることなんてできず、悔しさと自分の非力さで不眠の夜が続きそうです。

もちろん、今でも、倉田さんにやって欲しかったという思いは掻き消されることはありませんし、そう思い続けるのでしょう。

 

でも、大阪府民は大阪都構想を掲げる橋下氏と松井氏を選択しました。

マスコミに流されようが、組織に支援されようが、戦略に長けてようが、それが純粋な民意なんです。

なら、その民意をしっかりと汲み取って、少しでも大阪の未来の為に、志向し、行動するのみです。

 

橋下氏は選挙中に「倉田を応援している高石市には補助しない」という旨の演説をされたようです。

もちろん、演説なので、息巻いてしまっていた発言かもしれませんが、大阪府と高石の関係は厳しくなるのは確実でしょう。

だからといって追従する姿勢を持つべきでもありません。

 

尻尾を振って隷属することは拒否し、かといって、悔しさに塗れた反発や揚げ足取りを決して行うことなく、府民の選んだ大阪都構想を少しでも良い方向に進ませていく議論に参加していかなければならないと思っています。

 

選挙中に色々とあったかも知れません。

しかし、我々政治家は、相手の主張の欠陥を発見するのが使命ではありません。市民の、府民の幸せを創ることが使命です。その為に、悔しさを堪えて、明日の大阪の明るい未来を作り出すという喜びに変えて、進んで行きたいと思います。

 

政治家の最大の使命を忘れてはなりません。

少なくとも、「大阪の未来のために」という旗の下で闘ったのですから。

建設的な議論を始めていきましょう。

大阪はそんな政治ができるんだ、と全国にアピールしましょうよ。

寒くなってきました。

去年着用したコートやらマフラーやらが必要になってきたので、クローゼットを粗探ししてます。

夕焼も冬らしい色合いになってきました。

 

冬の匂いが強まってきました。

風邪などお召しになりませぬよう、お身体をご自愛くださいませ。

■ ■ ■ ■ ■

本日は、議会運営委員会。

12月議会は1130日~1212日までの会期となりました。今年最後の議会、気合い入れなおして臨みます。

 

また、今回の議会運営委員会において、政務調査費の通信費についての基準、本会議・委員会への機材の持ち込み、委員会同室傍聴、インターネットなどによる映像配信などの議会改革案が、議会運営委員会で議論されました。

 ちなみに、私は委員ではありません。高志会からは松本善弘議員が委員として参加してもらっています。

 各会派から、かなり中身の濃い議論がされました。どれも一朝一夕では実現できないものであって、その財源、ルールづくり、理念などをコンセンサスとって進めていかなければならないので、どうしても時間を要します。

 特に、財源。五次健全化計画で職員や市長の給与カットも提案されており、また、市民福祉も低下している部分があるのにかかわらず、議会だけ自分たちの改革のためにお金を使うという考えは、あまりにも時勢に逆らっているものです。

 そういった意見も多く、お金の要する政策は健全化の目途がついてから検討する。そして、お金のかからない政策については、議論を進めていくという結論になりました。また、職員や特別職の給与を削減するなら、議会も何らかの歳出削減を考えるべきと、議長に議論していただける場を作っていただけるよう高志会から提案をしました。

 

 さて、傍聴しながら、思うことは、「そもそも高石の議会はどういう方向で変えていくか」という哲学が希薄になっている気がします。

 「他所がやっているから取り入れよう」という流行病のような手法で政策を実現させていっては、政治哲学のないもの、すなわち、「制度は立派、それを使う人はなってない」という日本中の自治体で散見される現象に陥りかねないのです。

 高石の議会は遅れています。しかし、日本中の議会が遅れています。「隣の芝生は青い」という理由で他市を真似するよりも、「本当に市民のために、議会がどうあるべきか」という議論を始めていかねばなりません。

 政策力に特化した議会、開かれた議会、市民と距離が近い議会、チェック機能に特化した議会。様々な方向性がありますが、これを網羅することはできません。

 高石市議会はどの方向で進んでいくのかを議論しない限り、どんな政策も中身の薄い制度利用になってしまうと思うのです。

本日、12月議会の議案が発送されました。

さて、これから、

1125日(金)議会運営委員会

1130日(水)12月議会開会

という流れです。

 

議案の内容は以下の通り。

■議案1号 高石市二・三世帯同居等支援事業に係る新築住宅等の固定資産税の特例措置に関する条例制定について

 →人口流出を防ぐため、2世帯、3世帯住宅を購入した場合、固定資産税を軽減するもの

■議案2号 特別職及び一般職の職員の給料の特例に関する条例制定について

 →第五次財政健全化計画で示された、市長・副市長・教育長・職員の給与削減の議案

 →市長は20%、副市長・教育長は15%、職員は29

■議案3号 一般職の職員の給与に関する条例の一部を改正する条例及び非常勤職員等の給与等に関する条例の一部を改正する条例制定について

 →人事院勧告に準じた給料表の引き下げ

■議案4号 高石市副市長定数条例の一部を改正する条例制定について

 →副市長を2人に増やす議案

■議案5号 高石市水道事業条例の一部を改正する条例制定について

 →水量メーターの点検、料金徴収の方法についての変更

■議案6号 高石市立体育館条例の一部を改正する条例制定について

 →公益法人制度改革3法が施工されたことに伴い、市立体育館の施設管理公社への指定管理を解き、教育委員会直轄で管理する。

■議案7号 高石市災害弔慰金の支給等に関する条例の一部を改正する条例制定について

 →災害弔慰金を支給する遺族を「兄弟姉妹」と加える。(法改正によるもの)

■議案8号 高石市乳幼児の医療費の助成に関する条例の一部を改正する条例制定について

 →通院医療費を3歳児から就学前まで、入院医療費を就学前から小学校卒業まで拡充する。※所得制限なし、平成2441日~

■議案9号 高石市議会の議員その他非常勤の職員の公務災害補償等に関する条例及び高石市消防団員等公務災害補償条例の一部を改正する条例制定について

■議案10号 高石市手数料条例の一部を改正する条例制定について

 →府から受ける移譲事務のうち、屋外広告物の許可事務について、手数料を設けるもの

■議案11号 高石市事務分掌条例の一部を改正する条例制定について

 →新設:ブランド戦略課→政策推進部、統合:管財課→総務部

■議案12号 高石市企業立地等促進条例の一部を改正する条例制定について

 →歳入確保のため、企業立地促進条例をバージョンアップ

■議案13号 専決処分の報告について

 →南海中央線の加茂地区延伸部分において電柱の地中化をするための予算措置

■議案14号 平成23年度高石市一般会計補正予算 ※主な内容

 →高南中学校の中学校給食導入に向けての工事費、指定管理の委託更新、スマートウェルネスシティの事業委託量など

■議案15号 平成23年度高石市国民健康保険特別会計補正予算

■議案16号 高石市教育委員会委員の任命について

■議案17号 高石市公平委員会委員の選任について

■議案18号 泉北環境整備施設組合規約の変更の協議について

 3市の負担割合「均等割35%:搬入量割65%」を「搬入量割:維持管理費」と変更

■議案19号 指定管理者の指定について(市民文化ホール他)

 →アプラの三階部分の指定管理を今までのハートスに加え高石都市開発の共同事業体で指定管理することにするもの

■議案20号 物品の購入について

 →デジタル防災行政無線(固定系)の購入、28,035,000

■諮問1号 人権擁護委員の候補者の推薦について

■報告1号 専決処分の報告について

 →作業用の公用車と車両の接触事故による損害賠償したことについて

■報告2号 寄附金収受について

 →保育所及び障がい者福祉のための指定寄付1,000,000円を収受したことについて

以上が、審議予定の案件です。

 

印象としては、割と密度の濃い議案であると思います。

 

あと1週間で、議案書の読み込み、職員や市民とのヒアリング、質問の作成をおこなっていきます。なので、ご意見などがあれば、お寄せください。

熊取町の京都大学原子炉研究所に南大阪の議員連盟で見学に行ってきました。

もちろん、パスが必要です。

奥に見えるのが、原子炉です。

低濃縮ウランに中性子をぶつけて、核分裂を起します。そのエネルギーで発電と研究に使用しています。

炉の中。真ん中に青白く見えるのが、チェレンコフ光の跡です。

ここの、研究所の安全性は以前から十分認識していました。

私は、推進派でも反対派でもありません。急速な主張は、暴力的な結果をもたらすからです。

原子力そのものが危険かどうかより、施設の安全性を確認することがまずは大切です。

そのために行って来ました。

大阪府市議会議員研修会というものは、府内の市議会の議長会が主催となって、1年に1度、大物講師を招いての研修会です。

今まで片山善博氏や浅野史郎氏などの話を初めて聞けたのも、この研修会です。

 

今回は、中央大学大学院教授の佐々木信夫氏です。

内容も、非常に示唆に富んでおり、地方議会について現状の論点整理をされ、これからどうあるべきかを、お話されました。

 

ざっと、気になったところのメモ ↓

 

・戦前は、知事・市長が議長も兼ねていた。このことが名残となって、現在の議長に議会招集権が与えられてない。

・「政治」は執行機関ではなく、意思決定機関である議会を指す。意思決定こそ政治メカニズム。

・大都市に特例を与え続けてきたのが、政令指定都市。

・基礎自治体を強くするのが、国際的な流れ。※市町村→基礎自治体 都道府県→広域自治体

・地方議会のありかたが全国一律というものが、いかがなものか。

 → 監視機能への特化論 or 立法機能の強化論 or 議員内閣制志向論

・都道府県の空洞化は間違いなく進んでいる。

・集権体制の利点→統一性、公平性

・分権体制の利点→多様性、迅速性

・中間政府(都道府県)に60兆円も要らない。イギリスのGLCなど、基礎自治体を中心に住民サービスを考えるべき。

・資源の再分配はできない。選挙があるから、己の得点欲しさに奔走する議員がいてしまう事実。→選挙では、「サービスを多く、負担を少なく」を言わなければ、集票できない仕組みとなっている。名古屋のような大衆民主主義に陥る危険性も。

 

上から5つ目の点は、興味深い指摘です。

「議会はチェック機関」なんて言われていますが、チェックだけ果たしていればOKではありません。

それでは、住民の需要に応えていないと考えています。だからこそ、政策立案能力が要請されています。

また、議員にも執行責任を付与すべく議院内閣制という論も俎上にあがってきています。

結論から言うと、この3つを網羅できる議会は存在しません。というか、限界です。

だからこそ、この3つのうちに「自分のまちはどの議会スタイルを選択するか」が問われているのです。

 

私は、真ん中の「立法機能の強化」が最も求められており、自分にも合っている議員スタイルです。

 

チェックに特化しても、「○○をチェックしました!」「○○を未然に防ぎました!」なんて声高に議員が唱えても、「コイツ、よう、やってるな」と思います?

「水清ければ魚棲まず」という諺のように、こまかな倹約が是とは限りません。チェックが行き過ぎると、職員は働きにくくなります。

だから、「チェック」より「政策実現」。「○○を実現しました!」「○○が達成しました!」という議員スタイルの方が、住民も分かりやすいし、なにより我々政治家に求められている究極の使命は「世の中を良くしろ」ということですから、そのためには、実現力が必要なんです。

 

もちろん、チェック力も必要ですが、これからは、何かに特化した機能というものが求められます。議会も行政もまちづくりも住民サービスも。

それを選択していくことこそ、地方分権による地方のあり方だと思います。

昨日は、大阪府議会の会館で、研修会に行ってきました。主催は、毎度お馴染の「関西若手議員の会」です。

この会は、本当の意味で「超党派」なトコロなので、今おこなわれている大阪府知事選挙においても、どちらかの陣営に参加している議員さんが多く(私もその一人なのだが)、様々な角度からの主張・意見が聞けたり、戦線の中身を詳しく聞けたりするのであります。

 

さて、研修会は、ソーシャルメディアについてです。この内容については、以前にも書きましたが。その内容は、ソーシャルメディアのなかでも利用者の多いtwitterFacebookについてでした。

 

ソーシャルメディアという背景、ネット社会での時代の流れ、情報倫理など、様々な角度から勉強をしたのですが、最も気になったことが、「誹謗中傷対策」でした。

他の議員さんも、同じ関心があるらしく、同様の質問が目立ちました。

 

政治家のブログに匿名で誹謗中傷を書き込んだりすることは往々にしてよくあります。それは、自分の意見が聞き入れてもらえなかった時の憤りから、また、自分の支援している政治家と対立関係にある政治家を陥れるためだったりとか。それには、色んな背景があります。

 

ですので、ブログのコメント機能に「承認制」を設定し、管理者の検閲を通って、公表されるという承認制方式というブログ運営をされている方が多いようです。私もその一人。

 

しかし、ブログではそういった機能を設定できても、ソーシャルメディアではあくまで「オープン」であることが前提であるために、そういった機能の設定というのは難しいのです。

 

そこで、政治家からするとブログに比べtwitterなどのソーシャルメディアというのは、情報発信のツールとしてはウェルカムだけど、リスク管理がしにくいという難点があるのです。

 

ちなみに、私のブログの承認制ですが、あまりにも有害なサイトのURLを貼られたり、明らかにウイルスを拡散させられるコメントが、寄せられたりするので、承認制を採用しています。ですので、日本語で書かれたコメントは全て承認させていただいております。

日本語のコメントの方が少ないのですが・・・。

 

さて、誹謗中傷についてのコメントですが、私の考えでは「それでも承認すべき」と思っています。ブログをご覧いただいている市民は、誹謗中傷の中身より、誹謗中傷にどう対応するのか、を見たい、もしくは見るべきではないでしょうか。

ただ単に謝罪するのか、迎合するのか、説得するのか、反発するのか、粛々と意見を述べるのか、採り得る選択肢はたくさんありますが、「この議員は市民に対してどんな対応をするのか」というところが、政治家としての(言葉は悪いですが)力量だと思います。

 

講師の先生も同じことを仰っていました。

 

そして、そんな市民とのやり取りで政治が身近になっていくのであろうし、自分自身も鍛えられていくのでしょう。そして、市民も政治を視る目というものが練られていくのだと思います。

 

このソーシャルメディアの波というのは、これから加速度的に発展していくでしょう。だからこそ、この波に乗り切るように議員自身も鍛錬していかなければいけないのです。

「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり。」

いかにも物騒なこの言葉の本当の意味を知ったのは、ちょうど三年前でした。

 

大東亜戦争の時に利用された言葉だとか、武士は命を粗末に考えていたとか、この言葉への批判的な意見は、古典の読み方を知らない方々によるものだと、気付きを得ました。

 

この一節には、後に続く文章に「毎朝毎夕、改めては死に改めては死に、常住死身になりて居る時は、武道に自由を得、一生越度なく、家職を死果たすべきなり」とあります。

 

かなり「死」という言葉がでてきて物騒な印象ですが、それは当世の価値観や都合で解釈しているからであって、当時の習慣や死生観に思いを馳せて、読み解こうとしなければ、古典からは学び取るものは何もありません。
また、改めて死ぬことなんて不可能ですから、これは、死に狂うことを当時の武士に求めた一節でもありません。

 

とするならば、「今日が最期の一日だという覚悟で毎日過ごせ」という意味になります。

かなりストイックに聞こえるかもしれませんが、私は、政治家として、ストンと胸に落ちました。

 

言うまでもなく、政治家は、皆さんの税金で生きてます。

生活も、活動も、娯楽も、経費も、医療も、子どもの服も、妻の収入以外は税金が生きていく財源なわけです。

当たり前の話ですが、そんな我々政治家に、怠惰な毎日を過ごすことは許されません。

否、「怠惰は許されない」というよりも、一日一日を極限まで研ぎ澄ました生き方をしなければならないのでしょう

 

言うは易しで、そこまで毎日自分を追い込んで活動しているか、自問してみると、なかなか至っていない自分が炙り出されます。

頑張ろうとしている畑中に「そんなん無理やで」言い訳を与えてしまっている、もう1人の畑中がいます。

そんな囁きをする畑中を排除し、頑張ろうとしている畑中を高めていくことで、毎日の練磨の純度が高くなるのです。

 

ポスティングの一枚一枚、駅頭の一人一人に対する呼びかけ、政策研究の1ページ1ページに対する執着、何より一日の遣い方。

 

そうやって、差してある刀を抜くまで、磨き続けるのです、毎日毎日。

武士のように、勝負どころという時まで抜かず、研ぎ続けるのです。

 

そんな毎日を過ごすために、そんな覚悟を反芻するために、葉隠れという存在が必要なのです。

一昨日は、京都で三度目の葉隠れの講義でした。

 

改めて、毎日毎日、刀を研ぐ覚悟をし、地元へ帰ってまいりました。

次に、差してある刀を抜く場面はいつか。

一般質問、選挙、政策実現の場、まだ見ぬ勝負どころまで、刀を研ぎ続けます。

しっかりと、抜けるように。

 「差してある刀、明日は抜いてこいよ。」

1127日に雌雄を決する大阪ダブル選挙の知事選が明日から始まります。高石市民である私は、大阪府知事選に参加できます。そして、倉田かおる氏を推しております。

ちなみに、私が大阪市民であるならば、橋下徹氏を市長として求めます。「府知事は倉田、市長は橋下」とねじれ支持を表明してしまいましたが、橋下さんの突破力は府以上に淀みのある大阪市に活かされるべきであります。そして、その独裁にもなりかねない突破力は、政治的センスのある倉田さんがブレーキ・調整役となって欲しいという期待からです。

掲げて、撤回して、また、掲げて、撤回するを繰り返す平松さんでは大阪市の行財政改革は難しかろうと考えています。

 

さて、マスコミでは、「橋下vs他」や「相乗り選挙」など、シングルイシューとなっている大阪都構想についての議論はなされず、有権者の思考を停止させるシンプルな構図を、相変わらず描こうとしています。

 

ちょうど、昨日の勉強会で「日本シリーズのように、どっちが勝つのか、ではなく大阪都構想についてきちんと議論する責任がある」というお話がありました。

そこで、私なりの(推察される)大阪都構想に対する考察を、告示前の今日だからこそ、記したいと思います。今までの勉強会で学んだ知識や現場で感じた実学を活かして、考えてみます。※明日からは公選法上、こんなことは書けなくなりますので。

 

もちろん、私の支持する立場は、冒頭に述べたとおりです。超客観的に考察するつもりですが、そこに主観が混入されていないとも限りません。有権者の皆様は、それを踏まえて、ご判断ください。邪推ではなく、穿った見方でもなく、咀嚼し、吟味したうえで投票所に足を運んでください。

 

■ ■ ■ ■ ■

 

大阪維新の会のホームページにはこう書かれています。

「たとえば、政府も景気対策・雇用対策・円高対策など様々な政策に力を入れますが、これは具体の住民サービスがどうなるかという話ではありません。政府の景気対策・雇用対策・円高対策によって、保育所がいくつ増えるとか、図書館がいくつ増えるとか、ゴミの収集日が一日増えるとか、給食費が安くなるとか、そういう話ではありません。」

つまり、具体的な住民サービスについての言及はせずに、そのサービスを支える税財源を伸ばすための成長戦略こそが、大阪都構想の目指すべきものであって、その着地点は、関西の復権というところにあるのだと推察されます。

 

ですので、この考察は、大阪都構想の成長戦略が、果たして成長戦略たるものかどうかの検証で考えてみたいと思います。

 

この関西の復権という目標は、私も大いに賛成できるものです。要は、その為の手段が大阪都構想であったり、平松さんが撤回した特別自治市構想であったりするのでしょう。

さて、それでは、その手段が成長戦略となり得るのかどうか、私なりに精査してみたいと思います。

大阪維新の会は、そのゴールへ導くカギとして、広域行政の一本化区長公選制の二つを示しています。しかし、web上での政策を見るうえでは、この二つのカギが大阪の成長戦略に結びついているかといえば、まだまだ論理が飛躍的と言わざるを得ない部分があります。

例えば、1~10を足していけば、55という数字になります。この55を大阪の成長戦略の到達ポイントとするならば、広域行政の一本化と区長公選制と、あと何と、何と、何を足せば、55に成り得るのか、成長戦略の定点といえるのか、そこが「中身のない」と言われる所以だと思います。

 

ここからは、私の対案です。関西の復権というと、ヒト・モノ・カネが集中する東京一極体制を崩していかなければ地方の経済活性化はあり得ません。

地方で育った優秀な人材は、東京で働きます。本社も多ければ、霞が関、永田町、そして東京大学、日本銀行と、産官学金のトップが東京に集約されています。

なかでも注視すべきは本社機能です。ブログで何度か書きましたが、先日も日清が大阪府池田市から東京へ本社を移しました。阪神電鉄・阪急電鉄も関西で営業をしているのに、東京に会社をもっています。

なぜ、このような状況が起こるのでしょうか?それは許認可です。

開発されたカップヌードルを商品化するには、関係省庁の許認可が不可欠です。それを取得するためには、官僚との常日頃の関係性を保っておかなければならない、そのためには、東京に会社を移す、または構える必要があります。そうすると、どうしてもヒトが集まる仕組みになってしまうのです。

地方の税金で優秀な人材を育て、稼ぎ頭になってくれたと思えば、東京でバリバリ働いて、税を納めるという状況が、地方の衰退に更なる拍車をかけています。また、本社は支社に比べ、多くの税金を支払わなければなりません。自ずと、税金も東京に集まる仕組みとなっているのです。

 

この流れを喰い止めるためには、許認可権限を地方に移譲しなければなりません。それが地方分権なんです。大阪の企業は大阪で、福岡の企業は福岡で、その仕事を完結させることで、企業は地方に残り、ヒト・モノ・カネが分散する最大のキッカケとなります。

 

大阪都構想は、自前で税財源を確保するとありますが、その折角の生み出した税財源も東京に吸い上げられてしまうのが、今の日本の仕組みなのです。ここを根本的に変えないと、関西の復権はあり得ないでしょう。

 

権限を受けないと、いくら産業インフラや市営地下鉄などの都市交通を整備しても、それはコップのなかの水を変えただけの話です。関西の復権ならば、コップごと変える必要があるのではないでしょうか。

そして、それが実現可能なのは、日本で2番目の大都市「大阪」しかないでしょう。

 

■ ■ ■ ■ ■

 

その他にも、公選制の区長と都知事では結局リーダーは一人にならないのではないか?また、大阪都実現のための法改正も維新の会がいうほど簡単なものではありません。

 

ブログなので、端的に記すのみとしますが、まだまだ穴は多く、まだまだ未知数な部分があります。しかし、それだけ伸びしろのある政策となっているとも言えます。

そんな状態で選挙に臨んでいいかどうかは別として。

 

しかし、誰かがここまでの問題提起をしなければ、社会が注目しなかったのも事実です。橋下徹の発信力というのも期待値として視野に入れるべきでしょう。

 

いずれにしろ、マスコミの流す安直な対立構造で決めないで下さい。

 

橋下さんの発信力と戦略性は非常に魅力的ですが、独裁的な面には恐怖を感じます。

平松さんの調和的で温和な人柄は好感が持てますが、優柔不断な面もあります。

倉田さんの抜群の政治センスには憧れを抱きますが、求められる非凡さは感じません。

 

スポットライトを当てれば、光もあれば影もできます。グラデーションも生じます。

その多面的で多角的な物の見方が「メディアリテラシー」なのです。

 

どうか、有権者の皆様には、精一杯悩んで、必死に考えて、ご英断いただくようお願い致します。

30年以上過ごしてきた高石なのに、ポスティングをしていると、初めて出遭う景色がたくさんあります。

 

私にとってポスティングとは「政治を伝える手段」だけではありません。自分自身にとっても非常に大切な時間なのです。

体力を知るバロメーターでもあるし、頭を冴えさす時間でもあります。ダイエットでもあります。

 

しかし、ポスティングをするうえでの期待される最大の効果は、軒先でお会いする市民との会話なんです。

 

日本の社会はどうしても、「ラウドマイノリティ(声高な少数)」と「サイレントマジョリティ(物言わぬ多数派)」に分かれる傾向にあります。

「ご意見お待ちします」とかいうような受動的に寄せられる「市民の声」は、往々にして少数派です。そして、待ってるだけではコチラに届かず、聞きに行かないと把握できない「市民の声」は、往々にして多数派です。もちろん、どちらが是非とはいう問題ではなく、どちらも大切な「市民の声」です。
少数を蔑ろにし、多数を選択する「純粋な多数決による民主主義」は求められていません。多様な意見のコンセンサスを見つけ、衆知による政治が私の理想とする政治です。その為には、1人でも多くの意見を聞きに行かないとイケナイのです。

アンケートやパブコメなどで聴取した意見が「これが市民の声だ!」と軽々しく言ってはイケナイのです。

市民全体の多様な嗜好と価値観の基本軸となっているものを見据え、そこに自分の政治主張をする足場を作らないといけません。

 

その立ち位置を何度も何度も反芻するために、皆さんの声を頂戴しにまいるのです、ポスティングをしながら。

 

という、ポスティングをする私なりの意義です。

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

日曜日は、高石漁港での青空魚市フリマでブースの搬入作業を終え、その後北助松商店街のわいわいフェスタでうどん屋を催し、イベント尽くしの一日でした。

 

お客さんにも喜んでいただけたようですし、何より「楽しめた」ことがイチバン。環境問題やら政治問題やら難しいお題では、なかなかムーブメントは起きませんが、「楽しい」や「ワクワク」させるものがあると人が動くんだと思っています。

娯楽を追従しすぎてはいけませんが、「何か訴えたいもの」を広めるための仕掛け作りとして必要な要素が「楽しい」とかいう感情なんでしょう。

 

だから、楽しめたこのイベントは、まだまだ可能性のあるものに化けると感じました。

それも、また楽しみ。

 

なんか楽しそうでしょ?

高志会通信 1,4 高志会通信表

高志会通信 2,3 高志会通信裏 コピー

ごあいさつ

高志会とは、「志を高く掲げる」という意味だけではありません。高石という地名は、渡来人である高志(こし)が住んでおり、その高志が高志(たかし)と転訛されたことが由来とされています。
 
 そんなご先祖様の御名を拝借するのは気が引ける思いもするのですが、自分たちのまちの歴史を受け継ぎ、未来に活かしたいという思いから、引用させていただきました。

 すなわち、「志を高くもつ」という事は当然のこと、温故知新を心がけるという二つの覚悟をもって、会派名を高志会と命名致しました。

 当会派は、畑中・松本と、人間としても政治家としても、まだまだ若く未成熟な二人かもしれません。だからこそ、実践躬行と言われるような行動力をもって、誰よりも「仕事をする政治家」を目指して精励してまいります。

 

 

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