本日、取石310号線の工事が完了し、16日から供用開始されるそうです。

ココ↓

現場はこんな感じになってます。

一見したところ、見通しはいいものの狭隘な道路の為、歩道と車道の間に段差がなかったり、通勤時に渋滞の抜け道に使われないかなど、以前から心配していました。

地域の自治会長も居合わせて、便利になって嬉しい半面、同じような心配事もあると、色々な課題を共有することができました。

保護者の送迎で道路が煩雑となるので、スクールゾーンの指定はできないのか、見守り隊の配置変えも検討しているなどなど。

「スクールゾーンの指定は確かに必要。職員に聞いてみます。」と役所に帰ってきて、早速職員に聞いてみると、「スクールゾーンはやるつもりですよ。」とのこと。

この情報をもう一歩早く仕入れていたならば、自治会長と、

「どの時間指定が妥当なのか」「スクールゾーンだけで間に合うのか、簡易な柵の設置はできないものか」など、さらに掘り下げた意見交換ができたハズ。

林先生より「松下幸之助翁は、人より先に憂え、人より後れて、楽しむのが経営者だと語った。人と共に憂え、人と共に楽しむようではいけないとのことだ。」と拝聴し、まだまだ未熟だと思い知らされました。

危険性や問題は市民よりも早く察知し、改善した後でも、スムーズに運営できているか念入りに見守る。プロとして当然の心構え。

常日頃からもっと広くアンテナを張らなくてはいけません。

自戒の意を込めて。

 


ここも以前から気になっているところ。

芦田川ふるさとジョギング広場。

こんなに桜が美しく、見晴らしも良く、適度な大きさの公園なのに「ただ、そこにあるだけ」の公園になってしまっています。以前は、寺子屋ウォークなども行われていたのですが。

いまは、遊具も少なく、イベント行事も行われていない。

今年度には南海中央線が延伸され、隣には周景事業中の芦田川。

非常に勿体ない使い方をしていると、こんな桜の風景を見ていると改めて感じました。

何かできないものか。

人より先に・・・実践できているか分かりませんが、気付いた時点で、知行合一で行動しなければ。

行政が設ける制度、建てる施設は、往々にして、「作りっぱなし」で放置されていることがあります。

施設においては、メンテナンスや補修工事などの維持管理をせずに利用者も少なくなっていく。制度においては、とっくの昔に需要が無くなっているのに、そのまま放置されている。

「ちゃんと面倒見るから飼っていいでしょ」と犬を飼い始めた子どもが、結局は世話をせずにお母さんやお父さんが世話をする羽目になるような・・・

この例えは笑い話で済みますが、行政の場合はそうではありません。そこに費やしたものは税金であって、施設の場合は財源の半分以上がほぼ起債(ローン)になります。

そして、そのローンはツケとして子ども達に回っていきます。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

いま、みどりの風促進区域という大阪府の事業があります。旧26号線沿いを中心に緑視率を高めて、景観を良くしていこうというものです。

こんなプランターが置かれています。

大阪府が管理していただいてるとのことですが、樹木の管理は難しいもの。

こんな有様にならないように見守っていきたいと思います。

たとえ、どんな小さな規模であろうと、作るからには、しっかりと管理をして欲しいと願いを込めて。

急に暖かくなり、桜が見事に花を咲かせてくれています。

今年はゆっくり桜を見たいので、昨日は、昼から大学時代の友人と大阪城公園へ行ってきました。

 

どこかしらの大学がサークル活動で花見をしているのを遠い目で見て「昔はあんなんやったなぁ」と思い出しながら、楽しんでいました。すっかりオッチャン、オバチャンです。

どんな友人と会っていても必ず話題に挙がるのは「政治のお話」。私の仕事柄もあるのでしょうが、個人的には色々な意見が聞けるので、非常に有難いことです。

 

例えば、こんなお話。

「高石は待機児童もゼロで、小中学校も耐震化できてるらしいやん。高石に住みたいわぁ。」

しかし、高石市民は、

「高石は子育てに力を全然入れていない、どんどん人口が減っていっているのはそのせいだ。」

というご意見も同時にあります。

 

この意見はどちらも正しいので是非で判断するのではなく、市内に住んでいる住民と市外に住んでいる住民の両方の視点からの意見だと受容しなければなりません。

おそらく、前者の住んでいる市も、高石市からみれば羨望の眼差しで見えているのかもしれません。

 

私が申し上げたいのは、

「自分のまちを誇りに思うこと」と「他市の価値を認め、学ぶこと」をバランス良く見なければならないということです。これは市議としてではなく、市民に向かって、つまり皆さんに向けての私の思いです。

 

いま、どちらかというと、隣の市の羨ましい部分だけが目立って、自分のまちの誇れる部分が感じられなくなってしまっていると感じます。

それは、地域単位でも、国単位でも。

 

その原因は、政治腐敗や先行き不透明な国の行く末など、例を挙げればきりがありませんが、忘れてはならない原因のひとつには「住民の自分のまちに対する思いの希薄化」もあります。

 

「そんなこと言ったって、市が一体どんな状態か分からないし、日々の生活でまちの情報を得ようとする余裕なんてない」と言われそうですが、それも一理あるんですね。

だから、私はもっと若者が容易に情報を摂取できるようツイッターやフェイスブックなどを活用し、市役所や公民館に行かなくても、また、自動更新などで自ら積極的に情報を得ようとしなくても、身近にまちの情報が把握できるようにしたいんです。

 

少し余談になりましたが、自分のまちを誇り・・・というと大げさかもしれませんが、もっと好きになってもらい、「他所のあそこが羨ましいから高石にも取り入れて」という単純な動機ではなく、「高石が好きだからこそ、ここは他所の取り組みを入れて欲しい」という動機に変えていくことで、市民の声も強くなるし、何より、市民一人一人に当事者意識が芽生えます。

 

私の考える政策や主張は、高石市民がそうなってもらえるように集約されます。

制度設計やサービス拡充も大切ですが、そんな市民意識を少しずつ変えていくことももっともっと必要だと思うのです。

ネット選挙に向けて一歩前進!

選挙公報、ネット公開可能に=次期国政選挙から-総務省

 総務省は5日までに、次期国政選挙から、候補者の経歴や政見を載せた選挙公報を、全国一斉に都道府県選挙管理委員会のホームページ(HP)で公開することを決めた。東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の3県で行われた知事選などで試験導入した結果、特段問題が生じないと判断した。
選挙公報は現在、選管が新聞折り込みなどで戸別に配っている。インターネット上での公開は、内容の改ざんなどの恐れがあるためこれまで認めていなかった。しかし、被災3県では転居した人が多く、選挙公報を多くの人に届ける手段として、特例的にHPに掲載することを認めた。
3県では他人による書き込みを防ぐセキュリティー対策などを講じ、実際にHPに掲載しても問題が生じなかった。このため同省は3月29日付で各都道府県選管に「選挙公報のHP掲載は可能」と通知した。全国で統一的に実施する具体的な掲載方法は別途検討する。

時事ドットコム

 

・・・なのでしょうが、こんな簡単なことが今まで出来ていなかったのが不思議で仕方がありません。

改竄の恐れがあるなら、PDFで掲載すれば済む話じゃないのだろうか。

それでも100%の保証はされないだろうけど、たったこれだけの一歩にどれだけの時間とお金を費やしてきたのかが知りたいです。しかも、国政だけて・・・。

 

公権力の行使というものは、安全牌や予防線を張り過ぎるぐらいが、ちょうどいいのかも知れませんが、スピード感が余りに遅過ぎて世情とのギャップが大きくなり過ぎています。

だから、それに染まった政治家や公務員のアカウンタビリティが国民に納得されにくいという一面もあると思います。だって、国民の多くが働いてくれている民間の方が先を進んでいるから。

 

インスピレーションや直感だけで、物事を進めてはいけない組織が公ですが、もっと時代の流れを読み解いた判断と行動をしなければなりません。

昨日のヨミウリの朝刊

<「大阪府学テ」不参加11市町村>

府教委が6月に公立小、中学校を対象に行う「大阪版学力テスト」に不参加の市町が増えている問題で、新たに和泉市が不参加、八尾市が参加を決めたことが府教委のまとめでわかった。府内43市町村の方針がすべて明らかになり、不参加は11市町で1/4を超えた。

和泉市教委は、今回から児童・生徒に渡す成績表に在籍校の平均正答率が記されることが「学校の序列化につながる」と不参加の理由を説明。府教委は「不参加は極めて残念だが、判断を尊重する。」としている。

和泉市以外の不参加の市町は、大阪、箕面、大東、大阪狭山、泉大津、高石、阪南の各市と豊能、能勢、熊取の各町。

 

反対の市町は、和泉市教委の理由とほぼ同じでしょう。

クローズされていた各小中学校の平均正答率がオープンになる。

小中学校の序列化が明確になる。

不動産屋の手に渡れば、事前に学校のレベルを伝える。

もしくは、風評被害が活発になる。

成績の悪い学校区はどんどん人口減少。

廃校。

という論理ではないでしょうか。

 

でも、自分のまちの小中学校のレベルは、大体把握していると思うんですよ。

よく「A中学校は不良が多い」とか「B中学校区は成績優秀」とか。

でも「A中学校はクラブ活動が盛んで、成人した今でも当時の友達関係が続いている」とか「B中学校は勉強ばかりしていたせいで、人とのコミュニケーションがどうしても苦手になってしまった」とか、まわりでよく聞く話じゃないですか?

学校別の平均正答率がオープンになってしまったところで、人口減少や廃校につなげるのは、聊か論理の飛躍だと思います。

でも、これは、学力テスト公開非公開における個人的な見解。

 

もう少し掘り下げて考えてみると、なぜ今迄通り自治体別に統計をとろうとしなかったのか、もしくは、小中学校別の平均正答率をクローズにするよう徹底しなかったのか。

学力テストというものは、比較検討材料が少なければ少ないほど意義が薄くなるもの。1/4しか参加出来ていない状況は、もはや学力テストを共通で実施する意義が無くなっていると考えます。

 

つまり、府内の公立学校が全校参加することによって学力テストの意義が最大限発揮されるという大前提があるのにも関わらず、なぜ、反対する市町がでてくる結果を安易に予想し得る、各校の平均正答率をクローズしないという手法を採らなかったのか。

 

反対する市町の炙り出し?あとで、何らかの制裁が?

色々と見え隠れする「学テ問題」

公会計の先進市で有名な浜松市に林英臣政経塾で研修に行ってきました。

 

かつての高石は、財政再建団体への転落まで第一歩の状態でした。

また、議会と市長の関係が悪く、様々な改革が前にも後にも進まない状態でした。

そう考えると、今の高石の市政運営は正常な状態です。

土地開発公社、国保会計の健全化や、

一日も早く南海・東南海・東海地震をはじめとした災害から護るための防災計画など、

急がれる行政課題はあれど、

かつての高石より「焦眉の急」と言うほどでもありません。

 

将来に必ず大きな問題を招きそうな軋みは、こんな時にこそ、往々にして発生するもの。

 

私は、この高石市という行政そのものが緩やかに制度疲労を起こしており、

勘のいい者は、薄々と感づいているが、それでも確証はない。

しかし、確実にそれは進行しつつある。

という状態だと思っています。

 

皆様にいたずらに不安を与えるつもりはありませんが、

職場に漂う空気感、漏れ伝わる苦言、市民から感じる閉塞感など、

負の波動が集約するところに何かしらの原因があります。

 

今日は、職場の人事異動がありました。

昨日は、副市長が新たに2名体制となりました。

この靄のかかっているような閉塞感を打ち破るにはどうすればいいか、

そんなことを感じながら、新たな副市長に期待をし、

闊達な意見が飛び交う職場になるよう人事異動の報告を読みました。

 

危機感を感じたら、その時点で役割を与えられている。

私の師の言葉ですが、まさしく今、そんな心境。

 

 

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ
『キノコは、風通しの悪いじめじめした場所に生え、増殖する。同じことが、人間の組織やグループでも起きる。批判という風が吹き込まない閉鎖的なところには、必ず腐敗や堕落が生まれ、大きくなっていく。批判は、疑い深くて意地悪な意見ではない。批判は風だ。頬には冷たいが、乾燥させ、悪い菌の繁殖を防ぐ役割がある。
だから批判はどんどん聞いたほうがいい。』

 

同僚の松本議員とインターン生と4人で大阪ガスの工場見学に。議員として2度目の見学となるのですが、新たに設備された火力発電所や津波対策の現状も確認させていただきたく、お邪魔をしてきました。

 

火力発電所、正式には泉北天然ガス発電所は、4基稼働しており、約110万kwの発電出力で福島原発の1基分の発電出力に相当する出力を有しています。稼働後は高石市にも約4億円/年以上の収入増が発生し、発電効率も約57%と比較的高く、LNG(液化天然ガス)による発電は、原子力エネルギーからの脱却が叫ばれている情勢において、非常に将来性のあるエネルギーとして注目を集めています。

 

性急な脱原発論も、原発推進論もどちらも暴力的な主張であって、もはやイデオロギー化されており、日本の未来にとって本当に必要なエネルギー政策論が展開されていないのが残念に思います。

太陽光発電や風力発電も依然として発電効率が低く、日本のエネルギーの核としての実用化はまだまだ先の話でしょう。原子力も最終処分をどうするかという「利用する上での大きな障害」をクリアできなければ、とてもクリーンエネルギー(そもそもクリーンなエネルギーなんて存在しないのだが)と行き着かないでしょう。

つまり、どちらも日本の科学力のイノベーションや技術革新が起こるまでは、依存できないエネルギーなのです。じゃあ、今のままでいいのか、というと勿論そうではなく、イノベーションが起こるまでの中継ぎ投手的な存在である電力のエネルギー源が必要となってきます。

それが、LNGによる火力発電です。

ただし、液化天然ガスも石油と同じく、化石燃料です。また、CO2の発生増による地球温暖化の助長(この根拠も乏しいので個人的には疑問符ではあるが)という課題も散見されるので、急場凌ぎとして、あくまで中継ぎ投手として、必要とされてくると思います。

 

津波対策ですが、現在でも「国の中央防災会議の結果待ち」の状態です。特に、堤防を嵩上げするとなっても、国の想定値が出ていない状態では企業として対応できないでしょう。高石市は暫定的に防災計画を見直しましたが、一刻も早く、中央防災会議の結果に沿って防災対策を官民併せて取り組まなければなりません。

私が考える臨界企業の防災とは、主に2点。避難と火災です。

大阪ガスなどは生活インフラとして機能しているため、簡単に職場を離れることのできない従業員が想定されます。そういった方々のために工場敷地内に避難タワーを建設するなどの対応が必要となってくるでしょう。また、職場から避難できても、高砂の海側から浸水エリア外の鴨公園まで避難しなければなりません。その避難路、距離約5キロ、徒歩で1時間かかります(大阪ガスから鴨公園まで)。市の対応として阪神湾岸線の高層建築物に一時避難できるよう交渉を重ねているとのことですが、1日も早い結実を望みます。

また、避難路である高砂1号線の液状化対策(全国初の試み)も今年度予算に計上されています。

 

火災については、臨海工業地帯に点在している「LNG」と書かれた大きいタンクが要点となってきます。あのタンクには上記の液化天然ガスが入っており、電線などのショートにより発火してしまえば、大火災が発生します。

LNGはマイナス190度という極低温で保管されています。地震(特にプレート型地震のような長周期地震)などでタンクが揺れて液体が漏えいしてしまうと、このタンクからマイナス100度ほどの恐怖の霧が、地面を這うようにして周辺に進んでいきます。やがて温度が上昇し、気化、それが引火点に達すると想像もできないような誘発火災が想定されます。

そうならないように、仮に全てのタンクのLNGが漏えいしてしまっても囲い込める防壁が設置されており、また、いち早くLNGを気化するため海水を利用して温める放水装置が用意されています。

このように二重・三重の火災対策が用意されているのですが、それが正常に稼働するかどうかが最大の要所であることは言うまでもありません。避難訓練や運行点検などの企業としての安全意識を高揚させるためには行政との信頼関係の構築も必要になってきます。

 

このように、高石市はまさしく官民連携で防災対策に取り組む必要があります。

また、高石市だけの権限ではできない、府や国といった行政庁との連携も必要となってくるため、社会全体で防災というものを考えていかなければなりません。

娘が生まれて、妻は産後の休養のため実家に帰っていました。私は、4年間の市政報告のポスティングで市内を自転車で走り回っていたので、揺れに全く気付きませんでした。4時ごろに娘の顔を見に、休憩がてらに妻の実家に行くと、「東北が大変なことになってる!」と妻がテレビを観ながら、私に言いました。「マグニチュード8」「東北地方全域に大地震」というテロップを観て、大変驚くとともに、「大阪への影響は?」と考えていました。そんな的外れな想像をしている私を余所に、テレビの向こう側では、人の営みと命を奪った津波が猛威を振るっていました。

 

あの極めて凄惨な災厄から1年が経ちました。被災していない私たちは、無力ゆえのジレンマを抱きながらも「それでも私ができること」を模索しながら、支援を続けています。高石市議会でも義捐金を送り、高石市も他市と連携し救援物資を送りました。関西広域連合はカウンターパート方式により効率的な支援をし、ボランティアなどの人的支援においても現在でも必要とされています。知合いの市議は、いち早く被災地の人たちが仕事できるように自分のまちの漁協に頼み込み、漁船を送りました。

 

様々な立場で様々な支援があったからこそ、道や田畑を覆っていたガレキは撤去され、復旧への道のりは遅まきながらも進んでいます。しかし、原発問題、がれき処理、二重ローン、仮設住宅、復興財源、被災者雇用、不明者の捜索、メンタルケア、止まない余震、経済復興・・・。まだまだ多くの問題を抱えています。

 

この未曾有の大災害を教訓として活かすために、高石市はもちろんのこと全国の自治体が減災へと繋がる政策を展開しております。私も現地に入って、実際にどういった体制が課題になったのか、残酷と思いながらも教訓を活かすために現場の市議さんや職員さんとヒアリングをしてきました。「少しでも高石市にフィードバックできるように。」ちっぽけな自分ができることは、それぐらいしかない、と自分に言い聞かせていたのかもしれません。

 

それでも、未来のために、葛藤を抱えながらも高石というまちの市議として果たしていくべき役割を全うしたい。災害対策は目先のことのみではなく長期的な視点で考える必要があります。たとえ今は理解できなくとも、あの時におこなっていた備えが今こうして役に立っていると思ってもらえるように、このまちの為に、この国の為に、使命を果たしていきます。

 

あの極めて凄惨な災厄から1年が経ちました。今日は、その誓いを新たに強く自分に植え付ける日です。

予想以上にハードな3月議会を迎えており、ブログの更新がしばらく滞っております。

申し訳ありません・・・。

後ほど、しっかりとご報告させてもらいますので、今は議会に集中させていただければ、有難く存じます。

 

寝る間もなく、資料を読み込んでおり、疲れの溜まる日々ですが、市民の皆さんの存在が何よりのチカラです。いや、ホント。

ちょうど、この歌詞のように。

 

『瞳を閉じれば貴方が

まぶたの裏にいることで

どれほど強くなれたでしょう』

 

初当選後からツライことがあったら、延々と相談に乗ってくれるオッチャン。

チラシをポスティングすると、いつも意見を言ってくれる皆さん。

我が子のように、窘めてくれるオバチャン。

ネット上で私の事を攻撃する皆さん。

信頼して、ついてきてくれている学生。

「いつまでも味方や」と言ってくれた同級生。

今の制度に、本当に怒ってくれている市民。

妻と娘。

 

皆さんの一人一人のお顔が、まぶたの裏にいますよ。

そんな時、「あぁ、頑張ろう」って素直に思えるんですよ。

そんな時、「幸せな仕事やなぁ」って素直に感じれるんですよ。

 

貰ってばかりじゃ、ダメなので。

市議の立場で恩返しできるよう精イッパイやります。

 

『あなたにとって私も

そうでありたい』

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