※気付きと置き換え【温故知新】
※「気付きと置き換え」というのは、勉強会などで気付いたことを自身の行動にどう落とし込んで活動していくか、ということです。自分の心のなかにあるだけでは、その学んだことが、自分のなかで「他人」的なものですが、ブログ等の外にだすことによって、学んだことが「身内」となって、自分のものになっていくと思います。
また、私の勉強会における内容の報告だけでなく、自分がどう活かすのか、どう捉えるのかを、皆さんに発信していくことで、意識・認識の共有ができるのではと、考えます。
以上、タイトルの説明が長々となりましたが、この「気付きと置き換え」シリーズで勉強会で学んだことをお伝えしますので、宜しくお願いいたします。
1月20日~21日 政治家勉強会@京都市
1日目 17時~20時:塾の説明等
2日目 9時~12時:吉田松陰
少年軽鋭(ケイエイ)鬱蒼喜ぶべき者甚だ衆(オホ)し。然(シカ)れども艱難困苦(カンナンコンク)を経(フ)るに従ひ、英気頽廃(タイハイ)して一俗物となる者少なからず。唯真の志士は、此の処に於て愈々(イヨイヨ)激昂して、遂(ツヒ)に才を成すなり。
吉田松陰「講孟箚記(コウモウサッキ)」
訳). 若者は軽やか、活発であり、その将来への可能性の豊かさがある。しかし、苦労を経験するにしたがい、才能は衰亡して俗物となる者が少なくない。ただ、真の志士は苦労を経験する際に、気持ちが高ぶり、ついには才を成す。
【気付き】
この吉田松陰の言葉で感銘を受けたのが、「苦労を経験したときに、ただ単にへこまず、何くそ!と思えるぐらいの器量で、苦難にのぞみなさい」というメッセージです。苦労というのは、辛いものです。時には理不尽で、時には残酷で、容赦がないと思ってしまいます。しかし、その壁を乗り越えると、次の壁をしのぐことのできる、いわゆる免疫のようなものが身につきます。苦労から逃げてばかりいては、免疫がつかないため、なかなか次なる壁を乗り越えることはできません。この松陰の言葉では、苦労を経験するところに留まらず、苦労を受けたときこそ、より気持ちを前向きにし、乗り越えなければならないと書いてあります。苦労はチャンスでもあるということです。
【置き換え】
私自身、この松陰のメッセージを聞いたときは、「果たして自分はできているのか?苦労を受けた際は、へこまずに立ち上がり、気持ちが高ぶっているのか?」と自問しました。そういった心の問いかけに対し、自信をもって「YES」と自答できませんでした。
苦労を受けたときは、やっぱりしんどいものです。なかなか、「よし、やるぞ!」とすぐに腹を括れることはできないかも知れません。しかし、へこんでいる時間は、勿体無いものです。私は、この松陰の言葉を思い出すことで、頭の切り替えができるようになるかも知れない。そうすることによって、苦労をチャンスに変えれるかもしれない。
非常にあり難い先人の言葉にめぐり合うことができました。
明日からも頑張ろう!苦労、かかって来い!
・・・・こんなときに限って、なかなか苦労が来ないものですが(笑)