畑中政昭公式webサイト

被災しなかった私たちがしなければいけないこと。

 日曜日は、青空魚市のフリマでした。

 毎月の第一日曜日に開催され、私は搬入整理係として、参加しています。

 予想以上に多い出店、苦情対応、混雑していく導線など、パニックになりながらも他のボランティアスタッフと一緒に何とかこなしています。

 漁れたてのお魚と、清水町(現在、有田川町)の野菜など、低価でいいものが揃っています。

 そのためか、10年以上も続いていますが、いつも盛況。

 でも、スタッフが少ないです。

 ですので、募集中。

 日曜日の早朝に漁港で気持ちのいい汗を流してみませんか?

 お気軽にお問い合わせください。

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 昨日は、議会運営委員会でした。

 内容は、6月議会における運営についての協議でした。

 それについては、粛々と決まりました。

 

 ちなみに、私は委員ではないので、傍聴者です。

 議会運営委員会に諮問された案件がありました。

 

 今年は、姉妹都市提携を結んでいるロミタ市と30周年になるそうです。

 そこで、市長と議長と協会会長がロミタ市から招待を受けました。

 議会運営委員会は、議会を代表して議長に行ってもらおうと答申をしたのですが、議論が深まりました。

 「3・11の震災があったので自粛をするべきだ」という意見がありました。

 確かに、世間的にはこんな意見が多少流れているようにも感じます。

 ただ、私の考えは、「何を見据えて行動するのか」ということです。

 我々が自粛をすることで東北地方の被災者の精神的支柱に成り得るのだろうか。

 我々が自粛をすることで一日も早い復興・復旧ができるのだろうか。

 我々が自粛をすることで諸外国の我が国に対する原発による偏見は消えるのだろうか。

 

 我々がすべきことは、継続的な救援物資の搬送などの支援と自分のまちの防災力の向上です。この二点に全力を注ぎこむことこそが「被災しなかった私たちがしなければいけないこと」だと、私は思っています。

 ですから、3・11において、私が見据え、すべきことは、東北の一日も早い復興と、高石の防災力の飛躍に他なりません。それ以外の余計な心配や要らぬお節介は、安全圏にいる者の的を得ていない思考と行動だと自分に言い聞かせています。

 また、日本における偏見は一向に収まりません。

 

 アメリカの一般市民は日本人と握手をするとき、放射能を懸念して少し躊躇うそうです。

 日本国内の中国人労働者や観光客は一斉に帰国しました。

 関西空港は23%の旅行客の減少が起きています。

 それらは全て放射能による偏見です。

 

 先日、現内閣が愚の骨頂だと証明された国会議員たちは何の対策も打ちません。

 Under Servey(意味:現在、調査中)と誤ったスペルで、余計にアメリカに対して不安を募らせました。

 

 私は、こんな時だからこそロミタに行くべきだと思います

 何の生産性も生まない自粛よりも、少しでも偏見を解くというタスクの方がよっぽど国のため、東北のためになります。

 「きちんとした情報をアメリカに伝えて欲しい」と発言される委員さんもおられました。

 被災しなかった私たちがしなければいけないことを、少しでも被災者の立場を想像して、思考しなければなりません。

 何を見据えるか。

 それは、独善的な行いでも自己満足でも自分探しでもなく、一日も早い復興のために動くことです。

 日本の未来のために、想像し合い、支え合い、思考すべきことを思考し、行動すべきこと行動します。