組織の制度疲労
かつての高石は、財政再建団体への転落まで第一歩の状態でした。
また、議会と市長の関係が悪く、様々な改革が前にも後にも進まない状態でした。
そう考えると、今の高石の市政運営は正常な状態です。
土地開発公社、国保会計の健全化や、
一日も早く南海・東南海・東海地震をはじめとした災害から護るための防災計画など、
急がれる行政課題はあれど、
かつての高石より「焦眉の急」と言うほどでもありません。
将来に必ず大きな問題を招きそうな軋みは、こんな時にこそ、往々にして発生するもの。
私は、この高石市という行政そのものが緩やかに制度疲労を起こしており、
勘のいい者は、薄々と感づいているが、それでも確証はない。
しかし、確実にそれは進行しつつある。
という状態だと思っています。
皆様にいたずらに不安を与えるつもりはありませんが、
職場に漂う空気感、漏れ伝わる苦言、市民から感じる閉塞感など、
負の波動が集約するところに何かしらの原因があります。
今日は、職場の人事異動がありました。
昨日は、副市長が新たに2名体制となりました。
この靄のかかっているような閉塞感を打ち破るにはどうすればいいか、
そんなことを感じながら、新たな副市長に期待をし、
闊達な意見が飛び交う職場になるよう人事異動の報告を読みました。
「危機感を感じたら、その時点で役割を与えられている。」
私の師の言葉ですが、まさしく今、そんな心境。
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ
『キノコは、風通しの悪いじめじめした場所に生え、増殖する。同じことが、人間の組織やグループでも起きる。批判という風が吹き込まない閉鎖的なところには、必ず腐敗や堕落が生まれ、大きくなっていく。批判は、疑い深くて意地悪な意見ではない。批判は風だ。頬には冷たいが、乾燥させ、悪い菌の繁殖を防ぐ役割がある。
だから批判はどんどん聞いたほうがいい。』