80年の記憶、長崎の祈り、平和への誓い
今年は被爆80周年の節目の年です。
私は先日、長崎原爆犠牲者慰霊平和記念式典に参加し、昭和20年8月9日午前11時2分、アメリカの原子爆弾が長崎に投下されたその時刻に、黙とうを捧げてまいりました。
戦争の犠牲となられた方々のご冥福を祈り、長崎を「最後の被爆地」とすることを心から願いながら。
前日には、被爆の足跡をめぐりました。 如己堂では、原爆症に苦しみながらも、世のため人のために尽くされた永井隆博士の生き様に、全身で触れることができました。
山王神社の大クスにも手を合わせました。被爆後は枯死寸前だったその木が、今では青々と枝を広げる姿に、人知を超えた命の力強さを感じ、胸が熱くなりました。
今の日本を見渡すと、SNSでの誹謗中傷や自己肯定感の低下など、平和の土台が揺らいでいるように思えます。 その背景にあるのは、「想像力の欠如」かもしれません。 情報を自分の都合のよいように解釈したり、間違いを認めず考えを改められなかったり。 私たちの日常の中には、本来「平和に向かう小さな行動」がたくさんあるはずです。
親鸞の『歎異抄』に、 「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」 という言葉があります。 人は状況次第で、思いもよらない行動を取ってしまう。だからこそ、自らの心のあり方を常に省みなければならないと、戒めています。
ネットやSNSの中で、日々、言葉が人を傷つける場面を目にします。
「今の自分は、人としてどうなのか」
この問いを胸に、立ち止まり、静かに考える時間が、一人ひとりに求められていると思います。
戦後80年。 家族や祖国を守るために命を捧げられた方々に心からの感謝と哀悼を捧げ、恒久の平和を願い、私たち一人ひとりが「自分にできること」を実行していきましょう。

