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基本姿勢

議員を目指すようになったきっかけ

私は大学生の時にカンボジアに行きました。
当初は低価格で海外旅行ができるといった安易な理由でしたが、 現地に入ってみると、今までの自分の価値観が一変しました。

 

カンボジアは、ほんの少し前まで戦争や内乱などで混沌としていました。 だからこそ、現地の人々は、非常に国と家族を愛しており、 国を発展させようという熱い情熱を持っていました。 途中の村で出会った少女は、経済的な理由から 学校に通うことができませんでした。

わずかばかりの英語と日本語を教えると、涙を流して喜んでいました。

宿泊させてもらったガイドさんは、一般的な結婚式が多額なために、 日夜問わず仕事に励んでいました。 非常に新鮮な経験をすることができましたが、 その反面、「僕はこのままでいいのか、日本はこのままでいいのか。」と、 頭を打たれた思いがしました。

また、カンボジア人は日本人を尊敬していると言ってくれました。 日本の自衛隊PKO派遣などにも感謝をしていました。

サッカーのワールドカップでは、ほとんどのカンボジア人が、日本を応援するようです。 私は、本当に恥ずかしくなりました。 「彼らが敬うような日本は今、失われつつあるのではないか。」 と、自問自答するようになりました。 幸せの尺度が違うとも言われましたが、だからといって納得はできませんでした。

 

帰国しても悶々とした気持ちは消えませんでした。 そんななか、高石市は岐路に立たされていました。 2003年の合併選挙です。

 

「今まで高石はお金持ちと聞いていたのに、今はお金がなくなったから合併?なんで?」 と、素直に憤りを感じました。

tik 憤りを感じたのは、自分自身にです。 住民にもしっかりと説明がいっていなかったとも聞きましたが、 それすらも知らない、知ろうとしなかった選挙権を持った自分。 「そんな自分が、何が日本の心配だ!」


カンボジアで一度頭を打って、高石合併選挙でもう一度頭を打たれました。

 

「もっと、地元の政治を見なければならない」と思い、 他市の議員さんの勉強会や、高石市の市政報告会などにも 積極的に参加するようになりました。

 

「政治家は汚い」それが今までの私の政治に対する印象でした。 しかし、本当に懸命に政治に取り組んでいる議員だっている。 色々とお話をさせていただくなかで、 「政治家は格好いい」 と、思うようになりました。 もちろん、残念ながらそうではない政治家だっているのも現実です。 色々な政治家を通して、政治が見えてきました。

 

そんななか、北海道の夕張市が財政破綻をしました。 夕張の市長や市議にも責任はあるのでしょうが、 国の勝手な思惑で破綻させられたようにも思いました。 言うまでもなく、夕張市では医療も十分に受けられない状態が 今でも続いています。

財政健全化途中の高石市もはこのままでいいのか? 自分の愛する国はこのままでいいのか? 一度しかない人生、思い切って覚悟を決めようと思いました。 そして、一念発起し、市議会議員に立候補しました。

 

 

目標と信念

おかげ様で、市民の皆様から信託を得て、活動の場を与えていただきました。

私は「財政健全化、議会改革、市民参画」を掲げて、当選させていただきました。

しかし、いざ議会のなかに入ってみると、 「そのような考えは自分だけの考えではなかったのか」「独りよがりだったら、どうしよう」などと、不安が頭をよぎったことも正直あります。

しかし、他市の若い議員さんとの交流や、支援してくれた方々とお話しさせてもらううちに、 「1人じゃない」ということに気づかせてもらい、 自分の考えに自信が持てました。

しかし、自信だけでは物事は動かず、 しっかりとした知識が備わっていないと、コトは成せません。

議員同士での勉強会などにも積極的に参加することで、 自分を鍛えていかなくてはなりません。

現在も、関西若手議員の会や教育維新の会などの勉強会で、 切磋琢磨されながら、 畑中まさあきを練り続けていく所存です。

 

 

見据える先は・・・

社会問題となっている若者の政治離れと最近ニュースなどでも言われ始めた道州制が、 私の抱える問題点です。 若者の政治離れは、私も「政治家は汚い」と偏見で見ていた経過があるので、 政治家、若者、両方の視点に立つことができます。

 

私たち政治家が「投票に行ってください」と訴えるだけでは、 大きな変化は訪れないと思います。 そこで私は、インターン生を受け入れました。 政治家経験未熟な私が何を教えることができるのか、悩みましたが、 「とりあえず、やってみよう!」 という思いから、数名の大学生を受け入れるようになりました。

 

私は面談の時に、政治家の印象を必ず聞きます。

やはり「汚い」「金持ちそう」が8割ほどを占め、 残りが「大変そう」「なりたいとは思わない仕事」という答えが返ってきます。 しかし、2か月のインターンシップ期間を終えると、 「もっと政治活動をしたい」 「もっと政治家の演説を聞かなければ」などの意見が8割、 「政治家の活動というものは派手と思っていたが、案外地味だった」 など手厳しい意見ももらいました。

 

要は、若者との距離を縮めてあげることが大切なんだと気付きました。 投票に行くかどうか分からないと言っていた学生も、 インターン終了後には、「候補者をよく考えてから判断し、投票に行く」 「周りの友達にも声をかけるようにする」など、力強い彼らの思いが返ってきました。

インターンを続けることによって、若者の育成を手掛け、将来の日本を支える立派な大人になってもらうのが、私の夢の一つです。

 

そして、道州制についてです。 道州制とは、国が持っている権限と財源を地方に移すという考え方です。

よく関西州の州都は大阪だとか、言われていますが、 あくまで、それは二次的なものであって、 根幹は「国から地方へ」の権限・財源移譲にあります。

この道州制が進むと、高石市などの自治体は、 「自分の町は自分で運営する」ようになります。 聞こえがいいかもしれませんが、責任も同時にやってくるということです。

今では、地方交付税など、過疎化と都市部の財源の調整機能を国がやっていますが、 これが薄れてくると、都市部が更なる発展をし、 過疎部はますます貧困になっていくという問題が発生します。

 

高石が過疎部でないからといって安心はできません。

現に高石はここ何年も人口流出していっています。 自分の町を自分で運営するということは、 自治体間で競争関係になってしまうと私は、感じています。 国の庇護から野に放たれ、果たして生き残れるのか? それには非常に強い明確なビジョンをもって、 この高石を育てていかなければなりません。 目先の政策や課題も必要ですが、 10年先、20年先、30年先と長期的展望にたって 孫子に自信を持って渡せる高石にしなければならないと考えています。

人口流出を食い止め、国に依存しすぎない高石市を作り上げ、 近隣市と連携し、泉州が大阪を盛り上げる一翼に成る。 そして、この大阪から国を元気にしていく。 その最初の発信地点が泉州:高石市でなければならない。

生涯を通して、この理想を現実に変えるように 東奔西走し、頑張りたいと思いますので、 宜しくお願いいたします。

 

※この場で記していることは、あくまで私の基本的な姿勢です。具体の部分においては、ブログ等を通じて皆様と意識を共有したいと思っていますので、よろしくお願いいたします。